詩・モード Z a m b o a volume . 9 |
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photograph : : HANATO |
text●木村ユウ |
スカートになって 母の燃え切らなかった血を集めて包んだり 父の残して行った恥をくるんでなぶったりしても まだ悲しい空間がのこるので いっそのこと縫目をみんな解いて一枚の布になって はたはた風に鳴ってみる The Skirt. |
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足 わたしはおとこに足を洗ってもらっている ぽちゃぽちゃ水音させて おとこはていねいに洗ってくれているのに わたしの足はちっともぬれないので おとこの手もとをみると まだ泥のかわいていないみずみずしいだいこんを おとこは二本ならべてかわりばんこに洗っている おとこがふっと上をむいて わたしと目が合ったとき わたしの足に水がとび ああつめたいとおもいながら おとこになんにもいわず おとこはなんにも気づかず わたしの足は だんだん病気になってゆく Legs. |
白木の位牌 その村ではこどもが生まれると白木の位牌を作って仏壇に供えて そのこどもが大人になって家を出る時や嫁入る時にはそれを持たせてやる習わしなのだ そして死ぬとそれに戒名を書き入れるのだ ある時わたしの家の仏壇に猫が上ってじゃれて 妹の位牌を倒した すると妹はしなしなと崩れて死んだ 他所の村では人が死んでから位牌を作るので 大人は大きくこどもは小さいのに この村ではこどもで死んでも大きな位牌だから 余った分はどうするんだと祖母に聞いたら それは向こう側でちゃんと大人になれるから大丈夫だと言うが ひとりぼっちで大人になる妹が可哀想だとふたりで泣いた めったに位牌が倒れる事件など起ったことがないので 不思議がりながら調べてみると 仏壇の天井から赤い紐がぶら下っていて きっと猫がその紐にじゃれついたのだと話しながら その紐を切ろうとすると 猫が飛び出して来てわたしの手に噛みついたので大騒ぎになって 祖母が猫のしっぽを踏んだので 猫は余計強く噛んでわたしの指を一本食い千切った わたしは命に別状はないが 噛み切られた指一本の戒名も書いてもらえるのだろうかと聞くと 祖母もそんな事までわからないと困った顔をした A mortuary tablet of plain wood. |
photograph : : HANATO |
こっ 炎の底に横になって燃えている もう肉はきれいに落ちて 白い骨だけになっている となりにだれか わたしとおなじ人がいて もうこれでお別れですねといった 骨のどこかがこっ、と鳴って ぜんぶくずれようとしたとき あっ、わたしが終わるんだと思った あれは 炎の底のようでもあるし 滝の底のようでもあるし 熱くも痛くもなく こっ、という音が いまでも ふうっときこえたような気がするときがある " Kott, " |
いびつなボール いびつなボールがころがってきた なげ返してやった のに、受けとりそこねた少年が ぼんやり立っている せっかくなげ返してやったのに とりそこねたのはきみなんだから ひろうぐらいしなさいね ねえ きみ、 ひろいなさいってばあ! いくら言っても動かないので ひろって、渡すつもりで そばまで行くと 豹の毛の山羊が 首も動かせないほどみじかくつながれている これは見せ物だよ このへんの名物だよ あんたもこれを見に来たんだろう 番人がそう言う でも、いくらなんでも これじゃひどいよ 水も飲めないよ いいんだよ これがこれの受けてる刑罰なんだから (刑罰なんだから?) わたしは何をしたのだろう (これがわたしの刑罰なんだから) さっきまではわかっていたのに 水が飲みたいなんて思ってしまったから いびつなボールは もっといびつになって またころがってくる わたしの刑罰は もっと酷くなる Warped ball. |
病気 これからわたしは叔母の葬式に行く わたしが病気だったときに無関心だった叔母 ほかの叔母たちがいじのわるい小言をいうときだけ いっしょにさわいだ叔母 わたしの病気があおいまま、まだ ぶらさがっているあの木の下を通って 行く わたしの病気が鳥になって飛んでゆくゆめを なんどもくりかえしみる 鳥はうっすらとぬれていて みょうがの葉の匂いがしている 木の下に群生するみょうががざわめく いく重にも交差してわたしがざわめく 食い女がやまもりの蕎麦をつゆもつけずに食いつづけているだろう 泣き女が下手な泣きまねしてるだろう わたしが行ったら 世話やき女がとつぜん足を出して わたしはころぶだろう そのひょうしに古井戸へ落ちるだろう 井戸の中から 病気が鳥になって飛ぼうとしているのを見るだろう だんだんぼけがひどくなるということを、 何年も前からきいている あの叔母に、もうどのくらい会ってないだろう こうでんのこともお花のことも気にしいしい これからわたしは叔母の葬式に行く Illness. |
光る 母のいちばんやわらかなところで光ってみた 母は目をさまさなかった のでもっと強く光ってみた だんだん自分が痛くなったが我慢して光っていた するとあたりが白く透けてきて 母は灰になりかけているのにまだねむっていた そしてわたしはその灰の中で目がさめた わたしのいちばんやわらかなところで 母が光っていた Shine. |
樹 わたしは手相を見てもらっている ─ほらこの線をごらんなさい 幾枝にもわかれている線を指でたどっていくと 一本の樹になった なつかしい思いのする樹だ でもどこにあったのかおもいだせない ─あなたはこの樹のてっぺんへのぼって まずたんねんに四方を見わたせばよかったのですよ そうすればわたしのところへなどききに来なくても 自分の目でみつかったはずですよ なつかしいものがこみあげてきて 泣きだしてしまいそうだ なのにどうしてもおもいだせない ─もういくら思っても考えてもだめですよ あなたはこの樹にのぼることさえ考えたことがないうえ こんなところで他人のわたしにこんなふうに見せてしまって この樹を辱めてしまったのですからね ばりばりばりと音がして 樹がたおれた ほこりっぽい街角で わたしは手相を見てもらっている A tree. |
ははの骨は やいてからもずっとももいろのままで ちちの骨はとっくに枯色になってしまって それでもちちはいっしょうけんめい生きていて わたしの骨はあおじろいままそだちこじれて ちちとわたしは ははのももいろの骨のことばかりおもっていて それをかくしあっているので ときどきたまらなくなって わたしはちちの枯色の骨にかみついて歯をおったり ちちはわたしのあおじろい骨をおまじないでもするようにさすりながら だらしなくないたりする わたしはこっそり紅をもちだして じぶんの骨にぬってみる 紅をぬっているときだけ ははの骨のぬくもりとおなじようにおもえて ぬりつづけながら ちちの骨にも紅をぬってやろうかとおもってみて そんなおもいがとてもはずかしくなってくる するとそのはずかしいぶんだけ わたしの骨はほんとうにももいろに光るのだ Bones. |
photograph : : ni-na 「骨」詩集『木村信子詩集』(1971) 所収 「スカート」「白木の位牌」「光る」詩集『おんな文字』(1979) 所収 |
きのうきょうと会社を休んだ 熱が上がったり下がったりして 目が回るので 風邪ということにしたが ほんとうはあやしい 昼間から浅く眠っていると 一時間おきに目がさめる 6年ほど前 エジプト旅行のお土産に パピルスの野に舞い上がるトキの群れを想像する エジプトに行った彼女は きのうときょう、わたしは半ばいかさまの病欠 ぼんやりと わたしは |