詩・モード Z a m b o a volume . 3 |
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北川浩二は、そんな詩を書く人だ。 もし詩人が言葉の芸術家なのだとしたら、 彼の詩を読んでみると、 そうして、誰もいない遠い場所から、 誰もいない夜、 |
photograph : : JONA |
朝
朝 起きて 起きて |
隣りでは君の咳が止まらずに ウイルスが部屋中に降り積もって 負けじと僕も僕のウイルスを飛ばしながら お互いのウイルスは僕らと同じように仲良くしてるのかなんて そんなこと どうでもいいよね お互いダウンしちゃって 二人仲良く手をつないで ベッドの中で 青息吐息 二人とも重症でね 高熱にやられちゃって 「おやすみなさい」なんて言ったら 別の意味に受け取られそうな そんな切羽詰った状況なのに でもそういうのがなんか嬉しかったり でもそういうのがすごく幸せだったり ヘンだよね いや、ヘンじゃないか 部屋の中にはウイルスだけじゃなく 見えないくせに きちんと名前のつけられた 不安とか ためらいとか たとえばそんなものも一緒に たとえばいつまで幸せでいられるのか たとえばこのまま二人でやっていけるのか あるいは たとえば もしかしたら 夜だからあたりまえなんだけど真っ暗でね お互いの顔も見えずに 話す気力もなくて 手の温もりだけを感じながら (温もりだなんておしとやかな熱さじゃないけど) いろんなものが降り積もって 知らないあいだに降り積もって それでも二人は ゆっくりと 朝を待ってるんだろうね 時計の音なんか 聞いてるんだろうね
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やったぁ!! ボクは生まれてきましたよ ありがとう ありがとう この世に生まれて ありがとう 死んでいるのに 生まれてきました やったぁ!! ボクは生まれてきましたよ 死んだままで ようこそ! いらっしゃい! 迎えてくれて ありがとう 砂地を越えて いくつかの山や谷も越えて ボクはやってきましたよ はるばる はるばる この世界まで お母さん あなたの子宮はとてもあたたかでした あなたの膣の構造が ボクの頭の構造です ありがとう ありがとう お母さんありがとう ボクが子宮の中から あなたの柔らかな粘膜にキスしたこと、 覚えていらっしゃいますか? 分娩室前の廊下で 花束を持ったお医者が言う やったね!ボクの誕生証明。 ボクは産まれてきましたよ あれれ、お父さん うつむいているのは、なぜですか? 真っ白けっけのほっぺたは 一体どうしたことですか? 喜んでくださいよ ボクが生まれたんです 死んだままのボクが、この世に生を受けたのです 喜びましょう、お父さん ボクも とてもうれしい 死んだままのボクが 二歳になった日 死んでいるボクの 七五三 死人のボクの 幼稚園入園 ボクは死んだまま 小学校に上がり 死んでいるけど 中学校に通った ボクは死者だと認識した 高校時代 死者のボクと生者たちが 並んで大学受験した 死んでいます 死んでいます ボクは死んでいます この世の中にいながらにして ボクは死んでいます 死んだまま生きているのって、あんがいツライ わかります? わからなくても、いいですよ うなずかないでくださいよ キミ かわいくてきれいな女の子 あなたの膣を 見せてください ボクを子宮に 入れてください あなたのやわらかな粘膜に キスをさせてください 入れてください あなたの中に ボクを入れて ボクを身篭ってください あなたの中にいますよ ボクがあなたの中に 落下感覚で生まれましょう! 飛び立つ感覚で生まれましょう! 大きなボクがあなたの産道をとおるのは ずいぶん痛いことかもしれないけど ごめんね ボクは 生まれてきます この世界! ボクは生きてます |
どうしてこの文章が書けないでいるのか。 詩集「勾配のきつい坂」 届かなかった、恋の思い出みたいに。 |
深爪 ああ、また爪を切らなくてはいけない
白いヘリに首をもたげ 浴槽いっぱいの お湯に身をのばして思った 水面からとびだした はげた白いペディキュア いつも深爪にしてるの 十の指先 立ち上る湯気 目で追っていく たどりつく 天窓 鳩のフンが雨に打ちつけられて 白く強く線のようだ 私のすねのひっかき傷と平行だ 湯気のむこう 戸一枚 隔てて なり続ける 男の ノック 私は 声にならないように 気をつけながら 昔の歌をうたっている |