詩・モード Z a m b o a volume . 8 |
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文章が人に必要とされるためには、 文章(言葉といってもいいと思う)というものは、 書かれている事柄がフィクションであるのか、 それから今号より、 Zamboaは文学を求めている人に、様々なかたちを提案していきます。
text●木村ユウ |
Illustration : : inuo taguchi |
トマスの一生 昔むかし トマスはおしいれにしか相談できない 子供だった おしいれは居心地良かったが おしいれにしか相談できないトマスはとっても 居心地が悪かった そしてそのことを トマスも知っていた それから少したって トマスは樹木にしか相談できない 少年になった 樹木は自然そのものだったが 樹木にしか相談できないトマスはとっても 不自然だった そしてそのことを トマスも知っていた それから少したって トマスは教会にしか相談できない 青年になった 教会はめっぽう豊かだったが 教会にしか相談できないトマスはとっても 貧弱だった そしてそのことを トマスも知っていた それから少したって トマスはウイスキイにしか相談できない 大人になった ウイスキイは文明だったが ウイスキイにしか相談できないトマスはとっても 野蛮だった そしてそのことを トマスも知っていた それから少したって トマスは冷蔵庫にしか相談できない 夫になった 冷蔵庫は家庭的だったが 冷蔵庫にしか相談できないトマスはとっても 反家庭的だった そしてそのことを トマスも知っていた それから少したって トマスはモーツァルトにしか相談できない 父親になった モーツァルトは画期的だったが モーツァルトにしか相談できないトマスはとっても ありきたりだった そしてそのことを トマスも知っていた それから少したって トマスは家庭菜園にしか相談できない 中年になった 家庭菜園はすくすく育ったが 家庭菜園にしか相談できないトマスは日増しに 老いていった そしてそのことを トマスも知っていた それから少したって トマスは新聞にしか相談できない 老人になった 新聞はいつでも前向きだったが 新聞にしか相談できないトマスはとっても 後ろ向きだった そしてそのことを トマスも知っていた それからずいぶんたって トマスは棺桶にしか相談できない 死人になった 棺桶はすこぶる幸福だったが 棺桶にしか相談できないトマスはとっても 不幸だった そしてそのことを トマスも知っていた 本当にトマスは そのことを良く知っていた Life Of Thomas. |
photograph : : HANATO |
photograph : : HANATO |
鏡 鏡が 世界を写さなくなった時 ひとは鏡に問題がある と考える だが庭の芝生に寝そべって アリスはこっそり呟く 本当は 世界に問題があるのじゃないかしら------ Mirror. |
Illustration : : inuo taguchi |
トースター・煙・バターナイフ 訳の分からないことが一杯あって つい深酒をしてしまったのです 翌朝はげしくむかつきながら トーストを二枚焼きました トースターに詳しい友人たちから 褒めてもらったことのある 古い古いトースターで時間をかけて 気力をふりしぼって それからコーヒーを沸かしたのです よく肥えた南米の土のようなコーヒー豆 沸かし器が世界の終わりみたいな悲鳴をあげて よくみがかれたガラスの器に褐色の日だまりが まるで奇蹟のように正確に 少しずつかさを増していったのです コーヒーの原産地はアフリカで むかしはパンに入れる木の実だった という文章を子供のころに読みました ところでぼくは コーヒー豆をたっぷりいれた 枕に頭をしずめて眠る 自分の姿を思い描いてみるのです きっと毎晩うなされながら コーヒー豆といっしょに挽かれて たった一杯のブレンド・コーヒーのために 身も心もすべてささげた 悲喜劇的な自分の夢でも見ることだろう と やりきれなさに憔悴さえして ふと気がつくと窓の向こうには どこからか煙が立ち昇っていて ぼくはふと煙に詳しい友人が かつて言った言葉を思い出したのです 煙っていうのはね この世でいちばん罪の少ないものなんだ 真偽のほどはひとまず置いて とにかく広い世界には 様々なことに詳しいひとがいるものだなあと ぼくは感嘆したものです 遠くで蝉が鳴いています カエサルのものはカエサルへ 蝉のことは---- やはり蝉に詳しい友人に 訊かなければわからないのでしょうか そんなことを考えながら ぼくは世界の海に漕ぎ出す舟の 櫂にも見えるバターナイフで トーストにバターを撫でつけたのです Toaster, Smoke And Butter Knife. |
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王様がチーズになるまえに 疲れたのかいって訊くんだね 目にくまをつけたぼくに きみが知らないのは無理もない けど 王冠を落とさずに乗せてるのって けっこうむつかしい技術なんだ おまけにここは絨毯が柔らかすぎるから 地球に立ってるような気がしなくてね まるで宮殿ごと 宇宙に吹き飛ばされたような気分さ 重力のことを 懐かしく思い出したりしてね 信じないかもしれないけれど ぼくには家来がゴマンといるのさ それも 「かしこまりました」って名前の家来なんだ 朝食にオレンジ・ジュースって言うと 「かしこまりました」って答える お風呂はぬるめがよろしいって言うと 「かしこまりました」って答える お前の名前は? って聞くとやっぱり 「かしこまりました」って答えるんだ でもそれが彼らの愛情表現なんだって 大臣は真顔でぼくに言うんだよ 座りごこちのいい椅子は頭に来るね だからぼくはわざと 姿勢を崩して座ってやるんだ 同じ理屈で人間だって 少しは言い争わなけりゃ でも 僕の父君と母君は 言い争いすぎて別れてしまった オレンジと燭台と大きな声が 子供のころいつも飛び交っていた 椅子は座りごこちが一番ですと 教育係は諭すようにぼくに言うんだ 野暮だって言うんだろう 夏だっていうのに こんなに厚ぼったい服を着せられてね からだがしっとり汗ばんできて そのうちぼくはチーズにでもなっちまうんだろう そしたら絵本作家は書くだろう 「チーズになった王様」って題の絵本をね 父君は嘆くかも知れないけれど ぼくが歴史に名を残すとしたら きっとそんなところなのさ 「没年不明」と注釈されてね お后は昨日から口をきいてくれない でもそれはベーグルに クリーム・チーズを塗りすぎたからじゃないと思う コッカー・スパニエルを飼いたいというのを 無下にしたからでもないと思う たぶん朝 葡萄を食べたとき 彼女の懐かしい舌が思い出したんだ 彼女がこの国の生まれではないことを 彼女の目も耳も口もすべて この土地のたまものではないことを コーヒーが大好きなんだ 飲むと胸がどきどきしてね でもからだのためには一日三杯って 大臣に酸っぱいくらい言われてる 胃を悪くした王様くらい この世で冴えないものはないから って言うんだ だからぼくは胃を悪くするかわり ほかのところを悪くしようと思ってる それも思いっきり 手のつけられないくらいにね 冷蔵庫って見たことがないんだよ ひとびとの家には必ずあるって聞いたから きっとそれは素敵なものなんだろうね 使い勝手は知らないけれど なんでもそれは 涼しいところと聞いている それならぼくは冷蔵庫の中で眠りたいな 家来も大臣もお后も 誰もいないところで ぼくはただぐっすり眠っていたいんだ そこは海の近くで ときどき白いカモメが啼くのさ ぼくの国には一匹もいないカモメがね 夜更けまでつきあってくれて ありがとう もうきみだって眠いんだろう ぼくのくまが きみにうつったみたいじゃないか きみを家来に送らせて ぼくもようやく眠るとするよ このマカロニみたいなベッドのうえで コオロギみたいな寝息を立てて 日がハシゴを掛けても届かないほど 高く昇ってしまわぬうちに Before A King Becomes Cheese. |
時計 時計なんてミジメなものね 時間を刻んで一生を終えるんですもの そんなもの 刻んだって刻まなくたって 時は流れていくのに ほら 川の水といっしよよ 時が流れ込む海なんてあるのかな そんな海の浜辺に立ったら いったいどんな海鳴りが聞こえるんだろ きっとわたし目眩がして立っていられなくて そこにしゃがみこんじゃうんだろうな でも 立っていられないことって悪くない ほら 生まれた時といっしょよ ねえあなた 覚えてない? 時計なんてミジメなものね 時間を刻んで一生を終えるんですもの そんなもの 刻んだって刻まなくたって 時は流れていくのに ほら 人生といっしょよ Clock. |
● トマスの一生/鏡/トースター・煙・バターナイフ/王様がチーズになるまえに |