ザンボア
詩・モード 
Z a m b o a  volume . 8

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リリカル?
 
 ほんの少しまえ、
 僕のまわりで、僕以外に、文章を書く人間なんかいなかった。
 友達だった女の子に、
 まいにち日記をつけている子はひとりいたけど、
 そんなのはあくまで例外のことで、知り合いの知り合いにだって、
 「文章を書いている」なんて人間はひとりもいなかった。
 だからもちろん詩を書く知り合いなんていない。
 
 いま僕は、詩を書く人たちと付き合っている。
 それはもういっぱいの。
 だからその人たちの詩をいっぱい読む。
 詩じゃないものもちょっと読む。
 僕は時々思う。
 詩ってなんなんだろう?
 いや、詩というよりも、文章というものが。

 文章が人に必要とされるためには、
 もちろん才能というものがなくてはならない。
 これはもう疑いようがない。
 それから技術。
 技術というのは継続した努力の結果であって、
 努力もしないで技術のある人間なんていない。
 まずは才能と技術、このふたつはどうしたって必要だ。
 でも、それだけじゃ足りない。
 僕の求めている文章には、そんなんじゃ全然足りない。
 僕はソウルを求めてる。

 文章(言葉といってもいいと思う)というものは、
 最終的なアウトプットでしかないのだと思う。
 言葉をいくらこねくり回していたところで、
 その言葉がパワーを持つということはない。

 書かれている事柄がフィクションであるのか、
 ノン・フィクションであるのかも、この際どうでもいいことだ。
 そこに書かれてある言葉は、間違いなく作者自身の姿で、
 その心臓の鼓動、血の流れが言葉のリズムをつくりだし、
 隠すことも、誇張することすらかなわない。
 やれば瞬間にそれは説得力を失い、体温を失う。
 それが言葉。
 
 
 言葉を失っていると感じているなら、それは言葉を失っているんじゃない。
 ソウルだ。 
 
 
 
 
 さて、詩・モード「Zamboa」第八号は田口犬男さんの特集。
 犬男さんはイラストも描き、
 リーディングもやるマルチな才能の方なんだけど、
 今回は御無理をいって、イラストを書き下ろしていただきました。
 どの作品を見ても(ご本人も)犬男って人のソウルなんだよなあ。
 あたりまえなんだけど。
 最後に紹介する詩「時計」はなんと新作で、これも特集用の書き下ろし。
 犬男ワールドをたっぷり楽しんで下さい。

 それから今号より、
 セレクト・セコンド・ドルチェという、
 みっつのかたちでお客様に詩をお出ししていくことになります。
 どのページも、詩を書く人たちにたいしてオープンです。
 普段は小説を書いているという人も一度、ウェッブの表現形式に最適な、
 詩を選択してみてはいかがでしょうか?

 Zamboaは文学を求めている人に、様々なかたちを提案していきます。

 

 text●木村ユウ
 

Illustration : : inuo taguchi

 
 
 
 
 
 

 
 
 

 
 


 photograph : : HANATO
 
 
 
 
 

トマスの一生
          
田口犬男

昔むかし
トマスはおしいれにしか相談できない
子供だった
おしいれは居心地良かったが
おしいれにしか相談できないトマスはとっても
居心地が悪かった
そしてそのことを
トマスも知っていた

それから少したって
トマスは樹木にしか相談できない
少年になった
樹木は自然そのものだったが
樹木にしか相談できないトマスはとっても
不自然だった
そしてそのことを
トマスも知っていた

それから少したって
トマスは教会にしか相談できない
青年になった
教会はめっぽう豊かだったが
教会にしか相談できないトマスはとっても
貧弱だった
そしてそのことを
トマスも知っていた

それから少したって
トマスはウイスキイにしか相談できない
大人になった
ウイスキイは文明だったが
ウイスキイにしか相談できないトマスはとっても
野蛮だった
そしてそのことを
トマスも知っていた

それから少したって
トマスは冷蔵庫にしか相談できない
夫になった
冷蔵庫は家庭的だったが
冷蔵庫にしか相談できないトマスはとっても
反家庭的だった
そしてそのことを
トマスも知っていた

それから少したって
トマスはモーツァルトにしか相談できない
父親になった
モーツァルトは画期的だったが
モーツァルトにしか相談できないトマスはとっても
ありきたりだった
そしてそのことを
トマスも知っていた

それから少したって
トマスは家庭菜園にしか相談できない
中年になった
家庭菜園はすくすく育ったが
家庭菜園にしか相談できないトマスは日増しに
老いていった
そしてそのことを
トマスも知っていた

それから少したって
トマスは新聞にしか相談できない
老人になった
新聞はいつでも前向きだったが
新聞にしか相談できないトマスはとっても
後ろ向きだった
そしてそのことを
トマスも知っていた

それからずいぶんたって
トマスは棺桶にしか相談できない
死人になった
棺桶はすこぶる幸福だったが
棺桶にしか相談できないトマスはとっても
不幸だった
そしてそのことを
トマスも知っていた

本当にトマスは
そのことを良く知っていた





Life Of Thomas.






 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

photograph : :
HANATO
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 photograph : : HANATO


          
田口犬男

 
 

鏡が
世界を写さなくなった時
ひとは鏡に問題がある
と考える

だが庭の芝生に寝そべって
アリスはこっそり呟く
本当は
世界に問題があるのじゃないかしら------



Mirror.








 
 
 
 
 
  
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 

Illustration : : inuo taguchi

 


 
 
 
 
 
 
 

トースター・煙・バターナイフ
 
             
田口犬男

訳の分からないことが一杯あって
つい深酒をしてしまったのです
翌朝はげしくむかつきながら
トーストを二枚焼きました
トースターに詳しい友人たちから
褒めてもらったことのある
古い古いトースターで時間をかけて
気力をふりしぼって

それからコーヒーを沸かしたのです
よく肥えた南米の土のようなコーヒー豆
沸かし器が世界の終わりみたいな悲鳴をあげて
よくみがかれたガラスの器に褐色の日だまりが
まるで奇蹟のように正確に
少しずつかさを増していったのです

コーヒーの原産地はアフリカで
むかしはパンに入れる木の実だった
という文章を子供のころに読みました
ところでぼくは コーヒー豆をたっぷりいれた
枕に頭をしずめて眠る
自分の姿を思い描いてみるのです

きっと毎晩うなされながら
コーヒー豆といっしょに挽かれて
たった一杯のブレンド・コーヒーのために
身も心もすべてささげた
悲喜劇的な自分の夢でも見ることだろう と
やりきれなさに憔悴さえして

ふと気がつくと窓の向こうには
どこからか煙が立ち昇っていて
ぼくはふと煙に詳しい友人が
かつて言った言葉を思い出したのです
 煙っていうのはね
 この世でいちばん罪の少ないものなんだ

真偽のほどはひとまず置いて
とにかく広い世界には
様々なことに詳しいひとがいるものだなあと
ぼくは感嘆したものです

遠くで蝉が鳴いています
カエサルのものはカエサルへ
蝉のことは----
やはり蝉に詳しい友人に
訊かなければわからないのでしょうか

そんなことを考えながら
ぼくは世界の海に漕ぎ出す舟の
櫂にも見えるバターナイフで
トーストにバターを撫でつけたのです



Toaster, Smoke And Butter Knife.










 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

photograph : :
HANATO
 


 
 
 

王様がチーズになるまえに
 
            
田口犬男

疲れたのかいって訊くんだね
目にくまをつけたぼくに
きみが知らないのは無理もない けど
王冠を落とさずに乗せてるのって
けっこうむつかしい技術なんだ
おまけにここは絨毯が柔らかすぎるから
地球に立ってるような気がしなくてね
まるで宮殿ごと
宇宙に吹き飛ばされたような気分さ
重力のことを
懐かしく思い出したりしてね

信じないかもしれないけれど
ぼくには家来がゴマンといるのさ それも
「かしこまりました」って名前の家来なんだ
朝食にオレンジ・ジュースって言うと
「かしこまりました」って答える
お風呂はぬるめがよろしいって言うと
「かしこまりました」って答える
お前の名前は? って聞くとやっぱり
「かしこまりました」って答えるんだ
でもそれが彼らの愛情表現なんだって
大臣は真顔でぼくに言うんだよ

座りごこちのいい椅子は頭に来るね
だからぼくはわざと
姿勢を崩して座ってやるんだ
同じ理屈で人間だって
少しは言い争わなけりゃ でも
僕の父君と母君は
言い争いすぎて別れてしまった
オレンジと燭台と大きな声が
子供のころいつも飛び交っていた
椅子は座りごこちが一番ですと
教育係は諭すようにぼくに言うんだ

野暮だって言うんだろう
夏だっていうのに
こんなに厚ぼったい服を着せられてね
からだがしっとり汗ばんできて
そのうちぼくはチーズにでもなっちまうんだろう
そしたら絵本作家は書くだろう
「チーズになった王様」って題の絵本をね
父君は嘆くかも知れないけれど
ぼくが歴史に名を残すとしたら
きっとそんなところなのさ
「没年不明」と注釈されてね

お后は昨日から口をきいてくれない
でもそれはベーグルに
クリーム・チーズを塗りすぎたからじゃないと思う
コッカー・スパニエルを飼いたいというのを
無下にしたからでもないと思う
たぶん朝 葡萄を食べたとき
彼女の懐かしい舌が思い出したんだ
彼女がこの国の生まれではないことを
彼女の目も耳も口もすべて
この土地のたまものではないことを

コーヒーが大好きなんだ
飲むと胸がどきどきしてね
でもからだのためには一日三杯って
大臣に酸っぱいくらい言われてる
胃を悪くした王様くらい
この世で冴えないものはないから
って言うんだ
だからぼくは胃を悪くするかわり
ほかのところを悪くしようと思ってる
それも思いっきり
手のつけられないくらいにね

冷蔵庫って見たことがないんだよ
ひとびとの家には必ずあるって聞いたから
きっとそれは素敵なものなんだろうね
使い勝手は知らないけれど
なんでもそれは
涼しいところと聞いている
それならぼくは冷蔵庫の中で眠りたいな
家来も大臣もお后も
誰もいないところで
ぼくはただぐっすり眠っていたいんだ
そこは海の近くで
ときどき白いカモメが啼くのさ
ぼくの国には一匹もいないカモメがね

夜更けまでつきあってくれて
ありがとう
もうきみだって眠いんだろう
ぼくのくまが
きみにうつったみたいじゃないか
きみを家来に送らせて
ぼくもようやく眠るとするよ
このマカロニみたいなベッドのうえで
コオロギみたいな寝息を立てて
日がハシゴを掛けても届かないほど
高く昇ってしまわぬうちに





Before A King Becomes Cheese.









 
 

 
 
 
 
 photograph : : HANATO


 
 
 

時計
          
田口犬男

時計なんてミジメなものね
時間を刻んで一生を終えるんですもの
そんなもの 刻んだって刻まなくたって
時は流れていくのに
ほら 川の水といっしよよ


時が流れ込む海なんてあるのかな
そんな海の浜辺に立ったら
いったいどんな海鳴りが聞こえるんだろ
きっとわたし目眩がして立っていられなくて
そこにしゃがみこんじゃうんだろうな でも
立っていられないことって悪くない
ほら 生まれた時といっしょよ
ねえあなた 覚えてない?


時計なんてミジメなものね
時間を刻んで一生を終えるんですもの
そんなもの 刻んだって刻まなくたって
時は流れていくのに

ほら 人生といっしょよ







Clock.




 









 トマスの一生/鏡/トースター・煙・バターナイフ/王様がチーズになるまえに
(詩集「モー将軍」より)
時計(書き下ろし)

  『モー将軍』 田口犬男
 ¥2200(税別) 思潮社
 
SITE INUO 田口犬男の世界










 Illustration : : inuo taguchi



 

  
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