ザンボア
詩・モード 
Z a m b o a  volume . 4

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涙 --- 特集・北川浩二 ---
 



 一行でも、
 一つの言葉でも、
 読んでくださった方の心に残るものがあれば、
 これ以上のよろこびはありません。

             ----- 北川浩二
 
 

 
 これは詩集『涙』のあとがきにある、彼の言葉だ。
 世の中には「このひとって、どういうひとなんだろう?」
 と感じさせるタイプの文章が少なからず存在する。
 北川浩二の書く文章もそう。

 彼から届くメールは、言葉すくなく、
 余白があって、丁寧で、でもなんだろう、
 もっと彼のことが知りたくなるような感じなのだ。
 誤解されては困るけど、別に何かを聞きたいわけではない。
 グラスを傾けながら、うん、そうだね、とか、
 この言葉の選びかたが良いね、とか、
 そんなふうにゆっくり話を聞いてみたくなる、のだ。

 ザンボア第四号は、
 「 涙 --- 特集・北川浩二 --- 」をお送りします。
 こういった特集を組むのは、
 実は来年にしようと思っていたのですが、
 夏に北川さんの詩集がでたばかりだし、
 これは「現在(いま)」やっておこうということで。

  

 この特集にいただいた詩は、詩集『涙』から、
 まだウエッブで公開されていないものを無理を言って、
 セレクトさせてもらった。
 あとでご紹介する「花について」という詩に、
 こんな感想を漏らしたスタッフがいる。

  ----- 救いがなさすぎて、読んでいられない
 

 そうかな、と僕は言って、あらためて読み返してみる。
 僕はこの詩がとても好きだったから。
 救い? 

 北川浩二は詩の中に「優しさ」とか「幸せ」とか、
 普通は手垢がついて、
 ちょっと使えなくなってしまった言葉をけっこう使う。
 それでも甘ったるくなったりなんかせず、
 詩の背筋がしゃんとしているのは、
 北川浩二の目がものごとを直視しているからだと、
 僕は思う。

 だって本当の出口を求めているなら、
 真実から目をそらすわけに、いかないでしょう?
       
  
 text●木村ユウ
  
 
 
 


 photograph : : kaori  
 








追悼の雪
kouji kitagawa
 

 

真っ白な雪が降っている

思い出のなかを
ずっとかけめぐるのは夢
生きてあることの苦しみ悲しみの上に
ただ降り積もるのは雪
雪が降っている
この世で一番うつくしい音楽は
いつも
きこえないように
この世で一番静かに眠っている
こうして雪の降る
とてもやさしい理由だってうまく言えない
けれど
祈らずにはいられないのだ
すべてのものを平等にしてくれるようにと
祈らずにはいられない
愛されないものを愛してと
 
 
生き苦しんだ人生にも
せめて
苦しみでないことをひとつ与えてあげてください
これでは あんまりひどすぎるから

















   photograph : : ni-na

 
 
 
  

花について
kouji kitagawa

   

どうせ一度きりの花に

水をやって何になる

花は心

水はひとのやさしさ

だから余計にそう思ってしまう

水をやって

何になる と
 
 
 
花は心

水はひとのやさしさ

単純な比ゆさ

それくらいですむのが人生だ

遅すぎたような水をやって何になる

ぼくは ただ

水のない砂漠に咲いてしまった

うつくしい花について

涙ぐむだけでおわってしまいたい




















 photograph : : ni-na


kouji kitagawa

   

遠くからきたひとにも入りやすいように
灯りがもれる
そうして
はずかしげなあいさつの後でも
映画のように長く喋ったりすることができるような
しずかで明るい夜がくる
突然に
涙はうかんでもうそれは消えないでいる
 
 
嫌っていたものでも
少し好きになる
まなざしがやさしくみえる 近距離は親しさに思える
そうして
このようにもう一度みんなで集まろう といっている
このようにもう一度 といっている
涙でみえなくなる
 
 
何べん会ってもなつかしいとしたら
それは互いにピンチであるということ
そして最後に
涙がとまらなくなる























kouji kitagawa

   

悲しみに沈む時 胸は悲しみでいっぱい

孤独に耐えるだけの時 心はさみしさでいっぱい

わたしにはそれしかない

わたしにはそれしかない

わたしには涙しかない
 

悲しみの時 わたしはまだ生きている

孤独の時 わたしは確かに生きている

やがて

うつくしい夜がやってくる


そして

わたしは外に出る 

そしてわたしはあなたに会って

いっしょに幸せになりましょうと言う

幸せになりましょうと言う

 
 












いかがでしたでしょうか。
木村ユウです。
最後に、詩集のご紹介を。
 


ミッドナイト・プレス刊
北川浩二 
『 涙 』 1,500円+送料200円

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petica@f6.dion.ne.jpまで、
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折り返しお返事いたします。
 
 
mailsite


 photograph : : ni-na



















 photograph : : popoly 
 











 

坂輪綾子
 
  
学生のころ住んでいた部屋には天窓があって、
月や星を眺めながら寝ることが出来た。
窓の下にベッドを置き、月が出るのを待つ。
そうするうち、気がついた。
星をまっすぐ見つめると視線の中心が黒くなり、
光は消えてしまう。
わずかに視線をそらすと目の端にはっきり現われる。
見ようとすれば隠れる。

私がどうしても捉えられない、この微弱な光を
坂輪さんは鮮明に見ているのではないか――。
坂輪さんの詩を読むと、そんなふうに思えて
妙に悔しくなる。
そして、ドキドキする。

坂輪さんの言葉は、決して難しくはない。
それでいて、思いもかけない柔らかな表現で、
誰もが形にできず心の奥に隠したものを
はっきりと手に取らせてくれるのだ。     
   
  
text●竹垣尚太郎

 
 
 










 

生命線
          
坂輪綾子
 
 

電話が鳴った
うとうとと浅瀬をただよっていたので
がくんと後ろむきに
岸にぶつかったボートのようだった
投げ出されたオールをつかんで
一握りに余ると思っていたのに
こうして改めて見ると案外頼りないものと
ぼんやりと細く電話のベルをたどった
午前三時の電話なんて
ろくでもないに決まっている
失恋しただとかよっぱらっただとか
やっぱり君が忘れられないとか
誰か死んだとか
死んだとか
また
手探りで階段を降りる
水びたしの眠りを足もとにずるずるひきずっている
死んだからって電話をくれても
どうすることもできないのに
いいところだけ思い出そうと
優しいしぐさを思い出そうと
笑った顔を思い出そうとはするけれど
暗ければ音の輪郭は確かになる
全身で泣いたりやんだりする電話から
受話器をがちゃりとひきはがして
耳にあてた
いきなり部屋中静かになる
「もしもし」
「・・・・・・・・・・」
手にとれるような沈黙のあと
「お前泣いてばっかりだからさあ」
と受話器が言った
頭の芯がぱしっと凍りついた
困ったことになった
ここで泣きながら聞こえるはずのない
声と話すのも良かったけれど
もう死んだひとは電話をかけてこられない
だから死んでいるのだ
それが死ぬということ
もう一方的にしかかかわれない
そっと名前をよんでみた
名前はしばらくちりぢりになってから
小さな穴を別々にくぐっていった
「うん。もう泣くなよな」
電話は切れた
ぴんと張ったひものむこう側を
いきなり離されたようだった
しばらく受話器をつかんだまま
立っていた
耳には同じ音だけが規則正しく残っていた
裸足の足が冷たい
泣いてないのにと思った
泣いてないのにもう泣くなだってばかじゃない
久しぶりに気持ちは波立った
とても久しぶりに泣けた
胸のところに抱えた受話器は体温を吸って
あたたかく湿っていた














 photograph : : ni-na






  
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