詩・モード Z a m b o a volume . 14 |
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個人主義的なこの詩の世界で、権威というのは忌むべきもの、 そうあってはならないものとされることが多い。 古いスタイル。反抗する十代の、昔ながらのスタイルだ。 聞いていて退屈だ。 僕達はもういい加減成長して、先に進まなければならないと思う。 権威。 それは専門性のある分野で特に優れていることを、 一般にも認められているということである。 つまり、権威とは信用のことだ。 詩は信用されていないでしょう。 「詩」のラジオ番組に作詞家しか呼ばれないのはなぜだ。 それは信用がないからですよ。 認められていないからだ。 権威というのはそれによって得をしたり、権力を持ったり、 威張り散らすことでは決してない。 それは間違った認識だ。 権威というのはあくまで結果であって、 その結果で信用を得たあとも本来果たすべき役目がある。 この国がどうして芸術にそっぽを向いているのか考えたことは? それは役人がどうしようもないから? 違う。 権威がしっかりしないからですよ。 僕は詩人の個人主義にはもうあきらめているけれど、 でもその個人主義がいまのこの現状を作っているとは考えられないか。 幾ら才能と情熱を注いでも認められても、 せいぜい自費で作った本で自宅の押入上段をいっぱいにするだけの、 この詩の現状。 それを情けないとは思わない? ある分野で努力をして人に認められ、 その分野の人にだけではなく一般にも一流と認められたら、 その人にはその人にしかできない社会的な仕事があるんですよ。 それはその分野の人口を少しでも増やすことかもしれない。 マスメディアにはたらきかけることかもしれない。 その分野の面白さ、すばらしさを わかりやすく伝えることかもしれない。 誰かの希望になることかもしれない。 反抗なんてくだらなくて幼稚なこと、もうやめようぜ。 自分が権威にならなくちゃ。 それはもちろん、成し得たことの結果としてだよ。 自分がきちっと権威になって、誰かの光に。 そう、ならなくっちゃ。 text●木村ユウ |
select contents ●特集 Langston Hughes Birth 100 years ラングストン・ヒューズ(訳/木島始) ○助言──Advice ○ものういブルース──The Weary Blues ○詩人から頭の固いひとに──Poet To Bigot ○渡河──Crossing ○トランペット奏者──Trumpet Player ○母からむすこに──Mother to Son ○真冬のブルース──Midwinter Blues ○真鍮の痰壺──Brass Spittoon ○七十五セントのブルース──Six-Bits Blues ●耀乃口穰の『パルス・ウィーブ』第5回 ●投稿作品より 「凪の素描」芳賀梨花子 |
助言 ラングストン・ヒューズ/木島始
訳 |
ものういブルース ラングストン・ヒューズ/木島始
訳 ねむい 切分した 調べを 打ちだし、 *"切分"に「シンコペート」とルビ/編者註 前へ 後へ 身体を ほろ酔いの口ずさみに あわせて ゆさぶり、 ひとりのニグロが 弾くのを 聞いた。 このあいだの晩 リノックス街で 古びたガス灯の にぶい蒼白い光のそばで かれは ものうく 身体を ゆさぶった ‥‥‥ かれは ものうく 身体を ゆさぶった ‥‥‥ ものういブルースの 調べに あわせて。 黒檀の両手を 象牙のキーのひとつひとつにおき かれは そのみすぼらしいピアノに メロディの呻きを あげさせた。 おお ブルースよ! ぐらぐらの 椅子のうえ 前へ 後へ 身体を ゆらゆら かれは あの悲しいラグタイムの調べを 弾いた 音楽バカのように。 甘いブルースよ! 黒人の魂から湧きでてきている。 おお、ブルースよ! もの悲しい調子の 深い歌ごえで、 そのニグロが 歌うのを その古びたピアノが 呻くのを聞いた ─── 「だあれも この世じゅうに いやしねえよ、 だあれも いやしねえよ おいらのほかに。 顔しかめんの やめよう思うんさ 面倒は 棚に おいとこう って」 たたん、たたん、たん、片足が床のうえに あたった。 すこし 絃を 鳴らして それから また 歌った ─── 「ものういブルースを 手にいれて そいでも おいら 満足ゆかねえ。 ものういブルースを 手にいれて そいでも 満足ゆかねえ ─── おいら もう楽しくなんか ねえ、 死んじまったほうが いいんだよ」 そして 夜ふけまで その調べを かれは 口ずさんだ 星たちが 消えちまった そして 月も。 歌うたいは 弾くのを やめて 床に入った ものういブルースが 頭のなかに 鳴りひびいているあいだ かれは 眠った 岩のように 死んだ男のように。 |
詩人から頭の固いひとに ラングストン・ヒューズ/木島始 訳 |
渡河 ラングストン・ヒューズ/木島始
訳 そりゃ淋しい日だったよ、みんな、 おれがひとりっきりで歩いていった日は。 仲間がまわりにいたことはいたが、 みんな消えちまったみたいだったな。 おれは山に登っていった ぴゅうぴゅう冷たい風ふくなか そいでおれの着ていた服は 薄いったらまるで蚊帳だった。 おれは谷間に降りてった 氷の張る河を渡っていった そいでおれの渡った水は 夢の水なんかじゃなかったんだ おれのはいていた靴は その河にはどうにもなりゃしなかった。 それから草原にすっくと立った でこの眼でみわたせるかぎりじゃあ その草原にゃだれひとりいなかった とそうおれには思えたんだ。 そりゃ淋しい日だったよ、みんな、 おれはひとりっきりで歩いていった、─── 仲間たちゃたしかに一緒にいたんだが まるでほんと消えちまったみたいだった。 |
トランペット奏者 ラングストン・ヒューズ/木島始 訳 その黒人は トランペット 唇にあて 両眼のしたには 疲労の黒いふたつの月 そこには 奴隷船の 煙る記憶が 鞭の鳴るビシリビシリで燃える 腿のあたり。 その黒人は トランペット 唇にあて 馴らしおろされた 震える髪の 頭をもつ、 もはや エナメル革なみに 輝く髪は 黒玉のよう─── 黒玉の王冠のようにみえる。 その唇のトランペットからの 音楽は 火のなかを迸りでる 蜜だ。 その唇のトランペットからの リズムは 昔からの欲望から蒸溜された 恍惚だ───。 月光がその両眼の奥で ほんの照明にすぎなくなる *"照明"に「スポットライト」とルビ/編者註 そんな月を憧れている 欲望、 海が吸口の大きさの 洋酒グラスとなる そんな海を憧れている 欲望。 その黒人は トランペット 唇にあて ジャケツは 返し衿のボタンひとつの粋なやつだが、 知ってはいないのだ どんな反復楽節で音楽が刺しこむか *"反復楽節"に「リフ」とルビ/編者註 その皮下注射針を かれの魂にまで─── だが おだやかに 曲が咽頭からあらわれると 悩み は熟するのだ黄金の音色に。 |
母からむすこに ラングストン・ヒューズ/木島始
訳 なあ、むすこや、おまえにいっとくが。 世の中ちゅうもんは、このわしには水晶みたいな階段じゃあなかったぞ。 釘がでとるし、 あぶないかけらが散らばっとるし、 板きれにはそげがたちおるし、 しかも、床にはしきものひとつしいてないし、─── がらんどうじゃった。 じゃが、いつもかも わしは、昇りおった、 踊りばにやっとこさたどりつきおった、 角をまがりおった、 そいで、ときには明りのまるっきりない昏闇のなかにまで、 はいってゆきおった。 なあ、おまえ、うしろにひっかえすんじゃないぞ、 ちっとばかし苦しいちゅうて 階段に坐りこむんじゃない。 ほら、ぶったおれるんじゃない、─── わしじゃって、なあ、かわいいこや、まだあるきおるんじゃ 昇ってゆきおるんじゃ、 なあ、この世のなかちゅうもんは、わしには水晶みたいな階段じゃあなかったぞ。 |
真冬のブルース ラングストン・ヒューズ/木島始 訳 冬のどまんなか、 地面には雪がいっぱい。 冬のどまんなか、 地面には雪がいっぱい。 クリスマスの前晩だった あたしのいいひと あたしに邪険にした。 出かけるの気にしないのはわかってる でも石炭乏しいときに去ってった。 出かけるの気にしないのはわかってる でも石炭乏しいときに去ってった。 ねえ、男が女を好いてるなら 出かける時じゃなかったわね。 あたしが好きだって云ったわよ でも嘘をついてきたにちがいない。 あたしが好きだって云ったわよ。 嘘をついてきたにちがいない。 でもあのひと ただひとりのひと あたしが死ぬまで好いている。 あたしはバラの蕾を買ってきて 裏の戸のとこに植えるつもり、 バラの蕾を買ってきて 裏の戸のとこに植えるつもり、 そしたら あたしが死んだとき 店から花を買わずにすむものね。 |
真鍮の痰壺 ラングストン・ヒューズ/木島始 訳 ボーイ、痰壺をみがけ! デトロイト、 シカゴ、 アトランティック・シティ、 パーム・ビーチ。 痰壺をみがけ。 ホテルの賭場の蒸気、 それにホテルの広間の煙、 *"広間"に「ロビー」とルビ/編者註 それにホテルの痰壺の粘液、─── ぼくの人生の一部分。 ヘイ、ボーイ! 五セント白銅貨、 *"白銅貨"に「ニッケル」、"銀貨"に「ダイム」とルビ/編者註 十セント銀貨、 一ドル、 一日に二ドルさ。 ヘイ、ボーイ! 五セント白銅貨、 十セント銀貨、 一ドル、 一日に二ドルが 赤んぼうの靴を買う。 支払う家賃。 土曜日にジン、 日曜日に教会。 ああ、神さま! 赤んぼうとジンと教会 と女たちと日曜と みんな十セント銀貨 とドルと痰壺みがきと 支払う家賃とがごっちゃごちゃ。 ヘイ、ボーイ! 真鍮のキラキラ光る鉢は神さまには美しい。 ダヴィデ王の踊り子たちのシンバルのように ソロモンの葡萄酒の盃のように キラキラ光るまで磨かれた真鍮。 ヘイ、ボーイ! 神さまの祭壇にきれいな痰壺、 すっかり新しく磨きあげた きれいなキラキラ光る痰壺、─── すくなくとも それなら ぼくは 捧げられる。 こっち来い、ボーイ! |
七十五セントのブルース ラングストン・ヒューズ/木島始 訳 どこへいくか なんて 知っちゃあ いねえ |
photograph : : ni-na
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