詩・モード Z a m b o a volume . 5 |
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photograph : : ni-na |
せんせいあのね
せんせいあのね ほくのとうさんは しをかくひとです かあさんにおしえてもらいました <とうさんのしはね ほら みちのところにかいてある しろくてきれいな とまれ のことよ> ほくのとうさんは みちにしをかくひとです おおきくてかっこいい しをかくひとです まいにちたくさん しをかきます みんなはとうさんの しをよみます ほくもおおきくなったら しをかくひとになると おもいますしろのほかに あかとかきいろとか あおいいろのきれいな しをかくひとになると おもいます <とてもりっぱに書けましたね せんせいもどうろのとまれは よく見ますよ ところであなたはまだひらがなの にごるだくてんを忘れてしまう ようですね ほくじゃなくてぼくでしょ それからもうひとつせんせい思うけど しというのはもしかしたらただの じのことでは ないかしら もし 先生のまちがいだったら ごめんなさいね> |
photograph : : ni-na |
近所の仁科薬局では 女性のデリケートな部分の痒みにと書かれた 軟膏が売られている おんなはよ と仁科さんは言う みいんなデリケートなとこに 痒みを感じながら 生きているんだぜ デリケートなとこによ 知ってるか デリケートなとこ お言葉だが デリケートな部分なら ぼくにもあると言うと 仁科さんはかかと笑って ティッシュに痰を吐いた お前さんそいつが 痒くてたまらねえってことあるかい 力いっぱい掻きむしって血が滲んで それでも引っ掻き回さずにいられねえって ことがさ ぼくは ぼくのデリケートな部分は ふだんは大切にしまってあるので 痒くなるようなことはないがでもときどき 内から熱を帯びてとても敏感になることがある そうするとぼくも敏感に涙もろくなってしまい だれかにぼくのデリケートなところを 優しく撫でたりそっと息を吹きかけたりして もらいたくてそれは堪らなくなってしまうのだ あの仁科さん そんなときに塗るという お薬を置いてはいませんか 仁科さんは つまらなそうに自分の痰を眺めながら ねえなあと応えた それでぼくはいつものように トローチを一箱買って 家に帰る |
狼(の悲哀)なのだ
そのとき 狼は 少女の 赤い 小さな かぶりもの そのままに 小さく まんまるい 頭を ろきろきと かみつぶし ながら 口のなかの そのこをいま おどろかせたばかりの けだものの みぎ眼と ひだり眼から あつい なみだを とぼとぼ とぼとぼと ながして かんがえました ああそうだっけ おれはいま あのこを 食べている たしかに さっきまで ここで 笑っていた あのこを 食べている たしかに おれは あのこが 大好きなんだよ ああそうだった だからおれは あのこの やわらかい 頭を ろきろきと かみつぶす ひとつも ひとつも まちがっていない ならば ならばなぜ おれの けだものの みぎ眼と ひだり眼は こうして とぼとぼ とぼとぼと なみだを 止めないのだろう なぜ おれはあの うすわらいの かりうどが おれのみけんを どすんと ひとうちに する瞬間を こんなに うっとりと 想いえがくの だろう なぜ なぜ なぜならば おれは 狼なのだ から おれは 狼なのだ から おれは どすん どすん |
photograph : : ni-na |
秋のリレー
箱は はじめ用務員の おばさんが見つけ どういうわけかそれが ひとりの女生徒の手に渡った 女生徒は 十七歳の涙を 懸命にこらえながら 箱を担任である 数学教師に手渡した 数学教師は中味をいちべつすると 途方に暮れて マイルドセブンを一本吸った 昼のあいだ 美術準備室の片隅に置かれた箱は 授業を抜け出してきた 美術教師によって いくどものぞき込まれたが お昼休み 美術教師が廊下で 教頭に何か耳打ちすると 教頭は軽くうなづいて 校長の耳に入れるには 及ばんでしょうと つぶやき 立ち去った やがて 日が暮れ まん丸な月影のもと 婚期を逃した <でも本人は 悪くないんだ> おんな教師が ひとつの箱をかかえて 家路につく 箱の中では まだ眼も開かぬ けむくじゃらの五つのいのちが 寝息をたてている |
photograph : : ni-na |
「せんせいあのね」 2001.2.19 メールマガジン「週刊電藝」第83号掲載 「トローチ」 2001.6.18 メールマガジン「週刊電藝」第100号掲載 「狼(の悲哀)なのだ」 2001.10.1 メールマガジン「週刊電藝」第114号掲載 「秋のリレー」 2001.7.30 メールマガジン「週刊電藝」第106号掲載 「ウエブ電藝」http://indierom.com/dengei/ |