詩を読んでいて、思わず笑ってしまうことがしばしばある。 それは詩の中に笑いの要素があるからだ。 今回はこの笑いについて、詩でどのように使われているのかを説明しようと思う。 ● 文章の中での笑いにはいくつかの質があり、大まかにはギャグ、ユーモア、ウイット(機智)諧謔(かいぎゃく)と分けられるようだ。 ただこれらの質の境ははっきりせず、各 笑いの質がクロスオーバーしていることもあるので一概にこうだと決め付けることでもないことを理解していただいたうえで話を進めることとする。 ギャグ(滑稽なさまや言葉)は皆さんに説明するまでもなくご存知のように、漫才等でよく見る光景で、たけしの「コマネチ!」などは、意味もなくおかしい仕草で、ギャグのなかでもナンセンス(意味のないばかげたこと)にあたるものなのかもしれない。 詩の性質上ギャグを含んだ詩はほとんど目にすることはない。 それは詩が《ことばの芸術》として品良く今まで歩んできたからにほかならないが、最近は「詩のボクシング」等でギャグを使った新しい詩的実験を目にすることも多くなった。 それは良し悪しにかかわらず、いままでの詩の堅苦しさを打開しようとする新しい動きであるようにも感じる。 ユーモアもまた説明するまでもないが、詩においてはユーモアにはブラックユーモアやアイロニー(皮肉)といった逆説的なおかしさも含まれ、これらはいままで多くの詩に使われてきている。 中原中也の「骨」という詩の冒頭には ホラホラ、これがぼくの骨だ、 という有名なブラックユーモアの詩がある。 生きている自分が死んで骨になっている自分の姿を見つめているという、逆説的なおかしさをもって、生きることのつらさを表現しているのだ。 これには生活へのアイロニー(皮肉)も含まれており、詩でのユーモアはこのように使うのだという見本のような詩でもある。 ● ではウイット(機智)とはなにか。広辞苑には、機智とは「その時その場合に応じてはたらく才知。人の意表に出る鋭い知恵。」とある。 詩にはウイットが重要な役割を果している。ほとんどの名詩といわれる詩にはウイットが含まれていると言っても過言ではないと思う。 高見順の「天」という詩には どの辺からが天であるか 鳶の飛んでいるところは天であるか 人の眼から隠れて ここに 静かに熟れてゆく果実がある ああ その果実の周囲は既に天に属している 高見順はこの短詩で鳶の飛んでいる空も天で、熟れてゆく果実の周りも天であるという。この発想こそがウイットの世界なのだ。 手に乗せることもできる果実の周りは天であるという発想が読み手に新鮮なおかしさを作っている。 また松下育男は詩集「榊さんの猫」でその独自のウイットを確立した詩人でもある。 その詩集の「棚」という詩 休みの 朝 棚を上の方につくった のせなければならないこまごました物たちが 下の方にあふれてきたからだ 次の日から 出勤のため毎朝 棚の上からとびおりるのが つらい という自分も棚の上にのせてしまうという発想には驚嘆するとともに、おもわず笑ってしまうくらいおかしな世界で、見方を変えれば寸劇やコントの世界ともとれる。 そしてこの詩集まるごと一冊がウイットであるといえるかもしれない。 さらに笑いには諧謔(かいぎゃく)という日本独自の俳句から発生した笑いの質がある。「つまらぬものをもおもしろく詩としてしまうのが諧謔」と村野四郎は言う。 芭蕉の代表的な句 古池や蛙飛び込む水の音 この句を知らない人はいないだろう。ではなぜこの句が有名なのか、それは諧謔の代表的な句だからである。蛙が池にポチャと飛び込んだ、ただそのさまを句にしただけのものだが、なぜか読後におかしみを感じる。 ここには読み手が自分自身を蛙に転化させてしまうおかしみを感じるからだと思うが・・これは「つまらぬものをもおもしろく詩としてしまう」日本独自の諧謔という高尚な笑いの質があるのだ。 西脇順三郎は詩集『鹿門』の中の「崇高な諧謔」という詩編で 古い池の中へ かえるがとびこむ 音がする という諧謔を逆手にとったパロディーをもって「芭蕉」という偉大な俳諧の先人を端的に捉えた詩を書いている。 これは芭蕉の諧謔をすべて理解したうえでのパロディーでもあり、まさしく「崇高な諧謔」の笑いの質を創っているともいえるのだ。 以上のように笑いの質はいくつかに区分することはできるが、先にも述べたように、はっきりと区分することは難しい。ただ詩のなかに笑いの要素がどのように使われてきたかを知ることも詩作をするうえでとても重要なことでもあると思う。 |
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