選者 島秀生 http://www.poem-mydear.com/ →
愛する君へ hisako
覚えていますか?
君が生まれたときのこと、いつか話したね。
逆子でウンチをたれながら、お尻から出てきたことを。
「いないないばぁ」の本が好きで、見るたびうれしそうに笑っていましたね。
夕方になると泣き出して、お母さんまで泣きたくなった日のこと。
用心深くてなかなか歩き出さなかった君。
おとなしそうに見えて、その実、なかなかしたたかな君。
障害の弟が生まれて、強くならないわけにはいかなかったんだよね。
泣いてばかりいた母に、戸惑っていましたか?
必要以上に背伸びをさせてしまったよね。
「ダウン、ダウンって言わんといてよ!」って6歳の時の叫び。
ダウン症の弟の障害話すたび、君の心を傷つけていたんだね。
小学校4年の時
「『お前の弟、アホやろ』って言われた」家に帰ってくるなり、母に言ってきたね。
「なんて答えたん?」
「『うん、アホや』って言った。」
「悔しかった?」
「別に… 僕のこと、言われたんとちゃうから」
やせ我慢、させてしまったのかな?
家では喧嘩ばかりしていたのに、外ではかばってくれていた事
ちゃんとわかっていたよ。
もういいよ。
もうじゅうぶん、君は母を助けてくれたよね。
もう、君を当てにしてはいけないんだよね。
君には君の人生があるのだから。
君が東京の大学に進学して家を出て行ってしまってから
君がどれだけ母を支えてくれていたか…
母は心の拠り所をなくしてしまいました。
今、やせ我慢しているのは、母のほうです。
以前、約束したよね。
何があってもあなたを信じて守りぬくって。
あの約束に時効はないんだよ。
もし君がこの先、こんな母でも頼りにする時があるのなら
君の事を精一杯、守って見せるよ。何が何でも。
これでも一応、あなたの母だからね。
あなたが家を出てから、少しは強くなったんだよ。
相変わらず、泣き虫の母だけど…ね。
初出 ネット詩誌「MY DEAR 59」 http://www.poem-mydear.com/ →
それぞれの命 hisako
街頭で、心臓移植の為の募金活動をしていた。
お金さえあれば、救われる可能性のある命。
命の重み…
流産しかかって、2週間もの間
安静に、ただ安静に過ごして
大切に大切に、お腹の中で育んだ命。
待ちに待った出産・・・
胸の中にざわざわと胸騒ぎを覚えながらの退院・・・
いやな予感は1ヵ月後の、
染色体のミミズのような足跡と共に現実になり
産まれたことを、生きることを、
祝福されない命がわたしの腕の中に存在した。
かわいそうなのが、わが子なのか、自分自身なのか
それすらわからない…
ただ、守るべきものがここにいて
わたしを必要としている命がある。
その事実だけで
なりふりかまわず、守った命
神から与えられた
ひとつしかない命。
それぞれの…
かけがえのない命。
初出 ネット詩誌「MY DEAR 65」 http://www.poem-mydear.com/ →
子 宮 hisako
「先生、出血が2000ccです。子宮が収縮していません!」
騒然とした喧騒の中、私はひと事のようにつぶやいた。
『ちゃんと産んだのに、なんで…』と。
「1.2.3.4.5・・・」
意識が薄れ、羊の群れが遠ざかる。
何が始まるのか、白い電気に浮かび上がる自分の裸体。
陽炎のような景色のなかで意識が遠ざかる。
しばらくすると、子宮のあった空間を他の臓器が分け合って、
それぞれが、確実に居座っていた。
そこには最初から何もなかったように
何の遠慮も無く、自分の縄張りとばかりに息づいている。
卵巣から旅立つ卵は、居付く場所を求めて彷徨うのだろうか。
あるはずの無い子宮を求めて、どこに流されるのだろう。
目的を遂げるすべをもたない、無力な卵。
子宮と引き換えに生まれた我が子は、どうした訳か染色体が一つ多い。
余った1本の染色体が神から受けた約束事を守れずに、ちぐはぐな系列を
組む。
それはまるで、ボタンをひとつ掛け間違えたくらいのもの。
ただ、それだけの事。
遺伝子の小さないたずら。
だが、もし、できる事ならもう1度、お腹にもどして造り替えたい。
卵子と精子が出会うところから、旅立ちのところから。
今度は数を間違えないよう、慎重に。
21番目の染色体に気をつけて、ひとつひとつ丁寧に。
だけど、戻るべき子宮が、ここにはもうない……
命をはぐくんだ臓器は、もうすでに役割を終えたとばかりに
私の命と引き換えに、葬り去られた。
そして今、私に残された唯一の道。
現実を受け止めて生きていく。
子宮を持たない私も、知能の低い我が子も、
共に一人の人間として、同じ命の重さをもって。
初出 ネット詩誌「MY DEAR 64」 http://www.poem-mydear.com/ →
彼女の手紙 伊藤浩子
書きたくても
書けないことが
たくさん
あったろうに
小学校2年生
学校の保健室
泣いている彼女に
初めて出会って
「桜の花が咲いた日にも遊びました」
「ピアノを弾いて声を出して歌いました」
その
ひとつひとつを
絵に描いて
手紙にしてくれた
彼女への返事を
私はどう綴ろう
書きたくても
書けないこと
どんなに言葉を
並び立てても
言い尽くせないことは
たくさん
と
私はひとり
途方に暮れる
「伊藤先生と遊ぶと元気になりました」
「私のことを忘れないでね」
不安も
惧れも
喜びも
哀しみも
込められた
飾らない言葉で
投げ出された
彼女のこころ
投げ出された
彼女自身!
明日から
私は
どう生きよう
投げ出すべき
私自身を
こうして
いつまでも
探しあぐねたままで
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紅 幻 花 伊藤浩子
たとえば
ここで
死ねる、
と
叫んだ
わたしの恋に
まぼろしの
花、
乱れ散る
夕刻の
かえりみち
たとえば
死ぬまで
待つ、
と
応えた
あなたの恋に
同じように
まぼろしの
花、
時の流れに
冷え冷えと
ほどけては
また
舞い上がる
なにもかも
うつろい去った
かえりみち
振り向けば
はなびらだけが
やわらかく
ただ
やわらかく
ふたりの
跡を
うす紅に
なぞって
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男たちの階段 伊藤浩子
夜中に目を覚ますと
横で眠っているはずの男がいない
いつものあれか、とふたり分
レンジでミルクを温めて
男の帰りを待つことにする
男が戻るのは明け方近くになってからだ
三年ほど前から 小学校の裏の土手に
みんなで階段を作っているという
特別な場所に続く
特別な階段だから
夜中にしか作れない
この部屋の窓からも
その内見えるようになるかもしれない
男は冷えた身体を私の胸に投げ出して言う
君を起こしちゃったね、
悪かったね。
私は寒さに少し身震いをする
もうすぐだからね、
悪かったね。
男は最近妙に優しく無口になった
以前は近寄らなかった犬とも
いつの間にか打ち解けてしまっている
まるで
遠い昔に交わされた 大切な約束を
夜毎果たしているかのように
昼間
男が居なくなった一人の部屋の
開け放した窓から見えることがある
晴れた日には
キラキラと
男たちの階段は
空に向かって大きく伸びる
閉じかかった私のこころにも
はっきりそれと分かるように
キラキラと
月日を追う毎に光って見える
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息 吹 優 夜
青色の空と
緑の緑樹が
静かに折り重なって
温もりと 優しさを
空気の中に 溶け込ませてる
立ち上っていく
水蒸気で渇きを癒す
葉の裏の小さな命
気が遠のく様な湿気と
空気の淀みは
何処か息苦しさを与えるものの
ただ それだけではない
何かを 与えている様な気がする
遠くに見える
工場の鉄塔から溢れ出す
白煙の中にも
目に見えないものがあって
遠のきながら見てるから
分からないことも沢山ある
近くで見たときの 反動は
時として
嬉しさを与え
悲しさを与えるけど
それらが 教えてくれる物は
「生きている」という呼吸
息吹を感じる事…
新しく 生まれる命のように
煙突から顔を出す 白煙
時を待って 大人へと変わっていく
葉の裏で 身を休めている小さな命
意味している物は 違うとしても
何処か似ている
そんな気がした
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思い出の話 優 夜
そういえばこんなものもあったな
小さい時に好きな物を入れてた缶の箱
時間は経つのは早いなぁって
何となく言葉がよぎったよ
この中に入ってたもの
今では何の興味も無い
くたびれてしまったヒーローの人形
無邪気に遊んでたあの景色も
今じゃすっかり薄れてしまった
楽しい事をいっぱいしたくて
色々詮索してたら
いつの間にか いろんな事がつまらなくなってきて
澄んでたものも何か汚れてきて
あの時あんな事もあったな
ちょっと はにかんだけど
その影には いっぱい嫌なこともあったよ
傷つき傷つけ僕等は生きてる
心に留まる思い出なんて
楽しいものばかりじゃない
楽しいものは嫌な記憶に押しつぶされ
逃げ場を求めるように消えていく
でも全部が消えるわけじゃない
薄れていくけど消えるわけじゃない
最近心から笑ったことあったかい?
誰かに言われたよ
覚えてない記憶の片隅にあるもの
僕は最近笑ってない
持続する幸せが欲しいよ
でも怖いんだ
何でだろう
求めれば求めるほど離れてく
手に入れたら壊れそうだから?
そんな日々の中で僕達は生きてる
何かを変えていかなきゃいけないという焦りを持って
僕等の時間は永遠には続かない
先送りにしたらそれだけ後悔が増えるんだ
解ってるよ
君には それができるけど
僕には それができないんだ
僕は心の中で泣くんだ
いつも泣くんだ
笑ってやることなんてできない
僕には謝る事しかできないから
思い出は沢山の幸せをくれる
それを望まなくても
僕等はどこかで同じものを作るんだ
消える事が無い 幸せを作ろうと…
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キャッチボール 優 夜
遠くに投げたボールは
何処までも飛んでいくように見えた
独りっきりで投げたから
キャッチしてくれる相手なんていない
やがて力を無くしたボールは
地面に落ちて ころころと転がって…
僕は 止まったボールを 拾いにいく
猫背の背中を もっと丸めて
「キャッチしてくれる 相手が欲しい」
独りっきりで 投げるのが
つまらなくて 寂しくて 悲しくて…
肩が痛くなるくらいに 力いっぱい投げてみても
どうしてかなぁ… 誰も気づいてくれない
だんだん めんどくさくなってきて
何もする気が 起きなくなってきて…
言葉のボールなんて
どうせ 誰も気づいてくれないんだって
悲しい 言葉が 聞こえた気がした
通り過ぎた 過去を振り返ってみたけど
心の拠り所とか 安らぎだとか 何処にあったのかな……
小さな 光はいくつか見えた
長続きしない 楽しさだとか 幸せだとか…
でも… 落としてきたもの 何だろう… もう よく覚えてない…
一時的な キャッチボールなら誰だってしてくれるもんさ
「僕はそんなもんが欲しいんじゃない!」
もっと深い部分 もっと大切な…
心の ずっと奥の気持ちを 投げたら返してくれるような
そんな 相手を 探してんだ…
こうしたいとか あぁしたいとか
思えば思うほど遠くなってくようで
なるべく 口に出さないように
なるべく 思ったりしないようにしてきた
そのせいかな?
息苦しさが増してって 窒息しそうになってるのが解る
だから 今 心の中の 疲れきった部分をさ
誰かに 投げかけることで 癒そうとしたいのかもしれない
うわべだけの 付き合いや その場の感情なんて
本当の 辛さを解ってくれない 僕は そう思うから…
独りきりで 投げたボールに いつか 誰かが気づくといいな
それまでは 泣かないよ
心の涙は見せないよ
手にしたボールに 僕は
沢山の気持ちを込めて
雲一つない青空に向かって そのボールを 高く投げた
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雲の帰り道 geva
小学校の時
図画工作の時間に
「くものかえりみち」
という絵を描いた
友達はみんな
雲がどこに帰るんだよ
と言って馬鹿にした
けど僕は見たんだ
雲の帰り道を
僕は踏んだんだ
その青い足跡を
ただ雲は帰れど帰れど
帰り着く家が
どこにもないだけの
それだけの話
もし彼らに
帰るべき家があるなら
こんなにも流れつづける
わけがない
もし彼らに
帰るべき家を想う気持ちがないなら
こんなにも綺麗に夕焼けに染まる
はずがない
僕は見たんだ
と
ふと門の前で足を止めて
そんなことを思い出した
屋根のむこうに流れている雲は
大人になった今となっては
流れているだけにしか
見えないけれど
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秋には geva
学校帰りの公園の土手
少し肌寒い風の中で
枯葉が舞うのを見ている
懐かしい匂いには覚えがある
枯れた
優しい匂いだ
生きる力を失ったおじいさんの
天井の向こうにとり憑かれたように
果てを向いた目玉は何を見ていたのか
かつて人生とは云々
と威張りくさっていた記憶も
すべてそこから滲み出てしまっていたようで
握った右手も小指が微かに
不器用におじぎしただけだった
秋には
風の中で枯葉は枝に別れを告げる
灰のように舞いながら
灰のようにくたばる
あの枯れた優しさは
そこにはもうない
ただただ無残に地面にへばりついて
いつのまにか影も形もなくなって
枝はこれから襲い掛かる孤独と闘い
冬を越えながらまた
ゆっくりと新たな葉を紡ぐ
おじいさんは
箱の中で色とりどりの花に囲まれて
様々の涙に包まれて
肌寒い秋の空に漂よい散った
灰となり風となったおじいさんは
これからは地球のどこかを流れて
新たな仲間を見つけに行くのだろう
秋には
少し肌寒い風の中で
どこかで覚えた匂いがよぎる
枯れた
優しい匂いが
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