選者 PJライブラリ司書 http://poetry.ne.jp/database/index.shtml →
A City of World's End ame*
僕はかつてよく旅に出たものだ
それまで住んでいたところを離れてあちこちさすらった
それはあなたたちが想像するほどたいへんな事じゃない
だってちょっとドアを開けて出て行っただけの話だから
寂しさを感じたことなんて一度だってなかった
それは一人になって初めてわかる事かもしれないけど
雲や海や砂漠の方が家族や隣人たちや友達より
よっぽど波長が合っていて僕のことを理解してくれる
それに僕が遠くへ行ったと自分で言うのも可笑しな話だよね
いつだって今自分のいる場所が世界の中心でしかないんだから
中古の車が壊れたら乗り捨てて
だけどギターとブルース・ハープは持っていったんだ
どこかの街角でちょっと歌えば
その日のパンとチーズとワインを買うくらいの金は手に入る
If you're travelin' in a City of WORLD's END
Remember me to a girl who's once my lover
そうやってかなり長いこと旅を続け
僕は“世界の果て”の都市に辿りついた
どうしてそこが“世界の果て”かと言うと
<超ひも理論>でそれが証明されているからなのだそうだ
“世界の果て”の都市の人々もだいたいにおいて一般と変わらない
あなたが授業で習った事を忘れてなければ
多くの人間たちの生存には酸素や栄養と共に
ジェラシーや差別が不可欠なのがわかるはずだ
アイデンティティーにそれらを供給し続けないと
自分の実体が消失してしまう恐怖
それは1秒たりとも人々の頭を離れる事がない
If you're travelin' in a City of WORLD's END
Remember me to a girl who's once my lover
“世界の果て”の都市の海原を見晴らせる丘に
僕は“世界の果て”の少女と並んで座った
冬は終わりに近づいて凍てた大気の中でも光は力を取り戻し始めている
彼女が髪をかき上げるのを僕も手伝った
枯草のような感触と香りだったけれどその時はそれを悪くは感じなかった
彼女は側頭部のケロイド化した手術痕を僕に見せて言った
「*SOCIETY*がここに<端末>を埋めこんだの」
「この都市の市民はみんな<端末>を埋め込まれているわ
でもその事に気づいているのは私だけみたい
たぶん私にだけは<端末>の取り付け方が不完全だったのね
だからあなたをここに引き止めようとはしないの
世界中からたくさんの人たちがやって来て
ここから出て行った人はいないのだけれど」
「でも私も基本的には<端末>のコントロールに従って
ただ漠然と時間を消費して暮らしていくでしょう
友達ととりとめもなく長い会話を続けたり
髪を長くしたり短くしたりその日の食事のメニューを考えたり
アニムスを誰かに投影して結局は失望したり
それでもその男との馴れ合いの生活をずうっと続けていたりね
そして年老いて死んだら火葬されて
白い骨とインディケーターが点滅しつづける<端末>が残るのだわ」
“世界の果て”の都市の少女はずっと水平線を見つめていた
If you're travelin' in a City of WORLD's END
Remember me to a girl who's once my lover
いつのことからかもう僕は旅に出なくなった
世界はどこまで行っても均質なことに気づいたからだ
でも例えば陽光と微風のやわらかさに包まれたりすると
そんな時ふとあの少女のことを想って
身体のなかを哀しい微電流が走り抜けたりする
そういうことがあると僕はしばらくそれに身をまかせているが
いつの間にかすべては不確かであやふやなものに変質していて
未来の記憶とか妄想のようにしか思えなくなっているのだ
作者サイト http://sound.jp/psychovirus-meta/ →
僕なりの立山 ひろっち
霧なのか 、 雪のなごり なのかはシラネー
けど、
紫外線の (真っ青なソラ からの其れ、)
紫外線の (ここは、どこ)
紫外線の (ワタシハダーレ)
まとわりつくハエ、真っ青なソラ、
(こきゅう、無音、こきゅう、無音)
ウチュウ ムスウノ星
※(星) 、 沢山の※ 、(くうき、すっと くうき)
※〃 、 やま〃 宇宙 。 スペイス
(空気、空間、空気、空間、こきゅう、無音)
登る、雄山(室堂の日本最古らしい山小屋から)
が、五分で断念、 (いつかしら僕は断念)
しみる 、『お花畑』 と出来立ての轍
山小屋の一畳の僕のスペイス。
それは8500円の高価な一畳。
北アルプスの僕に赦された一畳。
そんな窓際のパノラマ、(近づいてみて、)
遠くにピンクのうろこ雲 と一番星、
水道水の温度、 雪解けのその温度、山の、
雪が溶けて、川ができる をこの目で確認したのだ。
ケーブルカー、ただのバス、トロリーバス、ロープウェイ
(ロープウェイ、トロリーバス、ただのバス、ケーブルカー)
饒舌な駅員、わらう、高価な乗車券と。
くろよん の。
祈る。 刻まれた、たましいのために。
アーチダムは(サービス)放水 虹 とコンクリートの湾曲
無数の電源が散在する 光景、 昭和の走馬燈
こきゅう、無音、
靴ズレの痕、緊張の解けない足首。
どこよ、ココは。
サヨナラ (ケーブルカー、ただのバス、
さよなら トロリーバス、ロープウェイ)
サラバ 、 (でも、どこよココは)
どこよココは、
どこ(ダ)よココは、
あー。 (コーケー、)
ソラだね。
でも、(アメだ、 何げねぇアメ、英語ではレイン)
レイン、
レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、(けど、)レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、(けど、)レイン、レイン、
(けど、)レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、レイン、
レイン、(けど)レイン、
雷鳥は、ここにいない。
初出 常盤荘
舟 アンテ
蟻を拾い集めて乗せた
折り紙の舟は
ねずみ色の川を
風に押されて進みつづけた
わたしの投げる石は
時々 舳先をゆらす程度で
いっこうに命中しなかった
蟻がよーそろーと言った
小さな堰を耐えられずに
折り紙の舟は転覆して
腹を上にして浮かんた
わたしの石が
とぷん と音をたてて
オレンジ色にとどめをさした
夕暮れの帰り道
外灯を頼りに影を踏みながら
ざらざらした記憶を
こぶしで握りしめた
作者サイト http://member.nifty.ne.jp/ante/ →
みのもんたさんにおねがい 山田せばすちゃん
夕べどうしても読みたかった本があって確か俺は持っていたはずなんだけれど今思い出してみると、別れた女に貸しっぱなしになったままであったりする。もう15年も前の話になるので時効は成立しているんだろうか?その本を返してくれと要求することは出来ないんだろうかなどとみのもんたさんに頼んで弁護士に聞いてみたい気がする。もっともこっちもかなりひどいことをその女にしたようではあるのでみのもんたさんにお願いして時効が成立してくれて助かるのはこちらの方かもしれないけれど。それにしてもみのもんたさんにお願いしたいことというのは実は他にもいっぱいあってうちの近所の蕎麦屋がこれがまた実に旨くない上に客もまばらなので近所に旨い蕎麦屋があったらいいなあなどと考える俺としてはこの件もぜひみのもんたさんにお願いしてどこぞの達人仕込みの旨い蕎麦が食べられるようにはならないだろうか?あるいはみのもんたさんにお願いしてマイナスイオンつきの扇風機は実に体にいい血液さらさらになるなどとほんと嘘でもいいから一言お昼のテレビでみのもんたさんに言っていただければお盆も過ぎてこのままでは滞留持ち越しになってしまいそうなわが社のマイナスイオン発生機能付扇風機もあるいは、爆発的に捌けることが起きるかもしれない。はたまた夕べわが阪神タイガースの星野監督と田淵バッティングコーチがそれぞれ審判への暴言と暴力行為とで退場になって挙句の果てに阪神タイガースは逆転負けしちゃったりするのだけれどみのもんたさんにお願いしてこの悲しい出来事にもユーモラスなナレーションの一つもつけてもらえれば全国の阪神ファンの溜飲も少しは下がろうというもんじゃないか。もしくはみのもんたさんにお願いして奥さんと別れてくれないなら私あなたを諦めてお見合いしますなどと泣きじゃくる困った女子社員にあの黒くて怖いみのもんたさんの顔をぐっとアップに近づけた上で「ファイナルアンサー?」などとみのもんたさんに脅迫していただければあるいは彼女も考え直してくれるかもしれないじゃないか。みのもんたさんにお願いして毎朝「トクダネ!」の司会をしている小倉さんが実はかつらである事をカミングアウトしてもらって欲しいしみのもんたさんにお願いして「走れ!歌謡曲!」をもう一度やってもらいたいしみのもんたさんにお願いして「セイヤング!」も聞いてみのもんたさんにお願いしてうちの年甲斐もなく若作りをする母親に一度でいいから「そこのお嬢さん」と呼びかけてもらってみのもんたさんにお願いして一度でいいから「朝まで生テレビ」の司会をやってみてもらってみのもんたさんにお願いして現代詩が体にいいんだリーディングなんかやった日には血液さらさらになりますよとおおっぴらに嘘をついてもらってみのもんたさんにお願いして死ぬときには天国の門を俺の分だけ少しい大きめに開けておいてもらえたりなんかしたならばきっと笑って死ねる気がする
初出 Urokocity投稿詩集 http://www.shimirin.net/cgi-bin/anthology/anthology.cgi →
夏の空 牛島敦子
こんどせんそうがおこったら
ちきゅうはこわれてしまいます
と
科学者たちは口をそろえていうけれど
たぶん
うそだ
ひとはだれもいきていられないかもしれない
むかし恐竜がそうだったみたいに
わたしたちの見慣れたポプラやプラタナスも
なくなってしまうだろう
シダのジャングルだってきえたのだもの
だけど
ちきゅうにはたぶん
黒い髪がぬけて
白髪にかわった程度のこと
やれやれ、とひとつ
ためいきくらいついて
またあたりまえにまわっていくんだ きっと
おおい、きょうりゅう――
さみしくはないか
ひどくさみしくはないか
みあげる夏空の奥は
きっとおまえがみたのと同じ碧さだけれど
決して発掘されることのない
おまえたちの言葉の辞書
骨だけがきょうも博物館の中央
しいんとクーラーにひやされていた
鋭い牙も長い背骨も修復されて
けれどびっしり埋まった展示のどこにも
おまえたちのこころへのてがかりは
みつけられなかったよ
どこにも どこにも
45億年目の地球
北半球は夏の底――
樹々をわたる風の止む一瞬
照り返す舗道の上で
いまここに在るもの これから現れるもの
すべてへむかって
私の問いははじまる
(いまわたしのあしもとに転がっている小石 変な小石
あおみどりいろの地に赤い斑紋がいくつもある
もしかしたらこれは ティラノサウルスのジジルが
しっぽをとぎながらかいた
決闘文ではなかったかしら)
(このあいだ湖でひろった
美しい筋のあるさくらがい
あれは三葉虫のペイペが内緒で書いて
だせずにそっとしまっておいた
ラブレターだったのではないかしら)
(いつか わたしの墓碑銘が
だれにも解読できない不思議な模様のひとつになってしまうころ
そのときもやはり新しい生命達が開くかもしれない
青空マーケット
ペンダントトップかなんかになって
誰かの胸にゆらされてゆくことがあるとしたら
つけられるおまじないの種類はなにかしら)
詩集 「緯線の振子」 砂子屋書房 http://www2.ocn.ne.jp/~sunagoya/ →
作者サイト http://www4.ocn.ne.jp/~leafdays/ →
ブックスでも取り扱っております。 →
観覧車、23時 佐倉潮
観覧車の切符切りは1週間で飽きてしまうだろう。
そう思っていてそれは、その通りでなのに、数えれば
今月早や3年目になるのは、ちょっとおかしい。この
仕事を続けてこれた理由なんてない。せいぜいが辞め
る理由を見つけられなかっただけのこと。おかしいん
だけれども、驚きやしないな。
*
観覧車と言えば聞こえいいかも、しれないけど俺が
番をしてるやつは例えば、梅田駅前にある赤くって洒
落たのなんかとはわけが違ってて、ペンキもわりと剥
げかかった定年間近の老兵。風のきつい日には関節が
キィキィ泣きやがるから、そんな日はさすがに入りが
悪くて。なんの俺から言わせりゃ、どってことない。
節々にアソビがあって、そこいらが軋むのだ。そうで
なきゃ、もしかしたらそっちの方が危ない。大風でぼ
きっと鉄骨をへし折ってるかもしれない。観覧車は人
生と似てる(もちろん何だって人生と似てる。そう思
いさえすれば)。同じ場所から上がって、てっぺんか
ら下がって、また同じ場所に帰る。そうして風のきつ
い日にはアソビがあるからこそ、泣くだけで済むのさ。
だけどもし、
観覧車が人生そのものだとしたら、こんな不自由なも
のはない。人々は皆、中心から一定の距離をおいた箱
の中から、等速な運動でもって世界を眺めるしか、な
いだなんて俺はただ、休日の晴れた陽の下、観覧車に
乗るために列を作って待っている親子連れや恋人達や
なんやかんや、そんな姿達をずうっと眺め続けて、そ
れから再び俺の背後に変わらずそびえ回っている鋼鉄
の放射線を眺める時、たとえきりきり舞いで忙しく疲
れ果てていたとしても俺の心の隙間に、名付けること
のできない感情の芽生えを覚えるのだ。ところがそん
な感情は滅多に長持ちしやしない。大抵の俺はいつも
の必要なだけの笑顔を、まんべんなくお客に見せて回
って「チケットをお願いします」と「はい、どうぞ」
の繰り返し。同じ言葉で、日々は過ぎてゆく。
でも時折り、どうしようもなく自分が見当違いなこ
とをやっている、ような気がして。それが何なのか、
どうすれば良かったのか、分からない自分がもどかし
過ぎて困る。ただもっと観覧車や、観覧車に並ぶ人の
列、に対してまっとうな人生を歩むべきではなかった
のか、だとか、考えてしまう。今だって、つかいぱし
りみたいな仕事ばかりの昔に比べたら、随分とまっと
うになったもんだとはいえ。
*
23時、観覧車の営業が終わる。その後で俺は相棒
といっしょに、余分にこいつを一周だけ回す。お客が
観覧車の中に手荷物なんかを忘れていないかチェック
するために。そして胸のわだかまりが抑えられない夜、
俺は相棒に無理言って最後1周するゴンドラに乗らせ
てもらうんだ。夜は、俺が夜になることを拒まずにい
て、俺は、魂を一回転させて人になって戻ってくる
− その間約15分。タラップを降りる俺に、配電盤
の前に立つ相棒からは決まって同じことを訊かれる。
「いい女でも見えたんか?」それについて上手い言葉
を返す前にブレーカーは落とされ、観覧車は全くの闇
に包まれる。今のところいつも、そんな具合だ。
初出 心太 - tokoroten http://mypage.naver.co.jp/tokoroten/ →
作者サイト http://fweb.midi.co.jp/~colddog/ →
しろつめ式 尾上れこ
牛はひとりでシロツメクサを育てていたが
しんだ牛のまわりはまるで
なにかうまくいかなかった式典のあとのように
ひからびた草くずでちらかっていた
それくらいの季節にしては陽射しのつよい午後だったのに
スコップは物置きに入っていたものだから
持つところがすこしひんやりしていた
牛のようにおおきなものを埋めるのだから
それなりの穴をほらなければならなかった
はないかだ 沼谷香澄
るみちゃんがくれた植物図鑑には
付箋が貼ってあった。
開くと
そのページに はないかだ が載っていた。
桜の葉の形のさみどりの葉の中心に、
春になると
おままごとのおさらとごはんのように
ちいさなみどりいろの花をつける、という。
その晩いつものように私の部屋で食事をして
いつもの姿勢でおしゃべりをした。
るみちゃんは、壁にもたれて座り、
ちいさい躰を熱くして、
うしろから私をあたためてくれた。
はないかだ の話をした。
かわいいね。
見つけたら川に浮かべてみたいな
と、私が言うと、
るみちゃんはうしろから
私の耳元に言葉を吹きかけた。
「こんなふうにね、
かすみちゃんのあそこにね、
これをね。」
ぎんいろのちいさなリング
「プラチナだよ、」とるみちゃんがいう
「だいじなところだから。」
はじめてるみちゃんを見たときのことを思い出す。
深夜のファミレスに座っていたるみちゃんには
影がなかった。
男を欲しがる女の、湿っぽい、茶色い影が。
影を持たないるみちゃんは、
蒼かった。
きれいだなあと思って見ていたら
立ち上がった。
短い上着の下に見えていたおへそが
きらり、と光った。
驚いて見直したそのおなかは
美しかった。
(命を与えられた白磁)
どのくらい見ていたかわからない。
そのおへそが
ぐんぐん近づいてきて
私の横に立ったんだ。
「かすみちゃんは耳どころか手の甲まで真っ赤になっていたよ」と
るみちゃんが言った。
るみちゃんのおへそのピアス穴はもうふさがっている。
でもさわるとまだこりこりと小さなしこりに触れる
(まっかなしんじゅ)
生理の時は感覚が鈍るから
はないかだ の日にちょうどいいだろうと
るみちゃんが言った。私もそう思った。
3日目 一緒にお風呂に入る。
ベッドにポリ袋とバスタオルをしいて、
布団針とリングピアスを煮沸して、
横になる。
長い長いキスのあと
るみちゃんは体の向きを逆にする。
るみちゃんの花びらは
きよらかなピンク色をしている。
汚れていないのだ。
私のは
左の方がちょっと大きい、というか、形が違う
のだそうだ。
そこにこれを飾ったらきれいだろうなと思ったんだ、と
るみちゃんは言っていた。
いくよ、という声。
私はるみちゃんの花びらに軽くキスをしてから
頭を置いて目を閉じる。
白い痛みが足指と頭へ抜ける。
その通り道をなぞって
脈打つように痛みは続く。
(いきているあかし)
腹痛と腰痛、
紅い痛みが戻ってくる。
痛み、球形の感覚は
花 を中心に
躰の境界線をはみだして、
おおきな球形に脹らむ。
白い痛み、紅い痛み。
濃厚な液体として混じり合い
ゆっくりとマーブリングされる。
私はうめいた。
その間にるみちゃんは、
ゆっくり針を抜いて、開いた穴にピアスを入れて留めた
のだろうと思う。
気がつくと、
「ごめんね、ごめんね、」と言いながら
傷口ごとピアスを嘗めていた。
あ、流れてくる。
球形の痛みの真ん中に経血が力弱く涌いて出た。
るみちゃんはそれを吸った。
私が頭を上げたので
こちらを向いた
るみちゃんの
口のまわりは、
鮮血に汚れていた、
お産が済んで胎盤を食べた母猫。
涙が流れる。
泣くつもりなんかないのに。
ああ、おかあさん。
FUCK ME、おかあさん。
作者サイト http://homepage2.nifty.com/swampland/ →
反復 先田督裕
一匹のエイを見た
うちわよりもちいさい
水槽の名札には「アマゾンの珍魚」とある
珍しいのはその単調な泳ぎ方だ
まるで重力に逆らってみることが
唯一の娯楽であるという風に
柔軟なまるいからだをひらひらさせ
蝶のように上昇するのだが
水槽には空のような無限の高さがない
すぐ天井にぶつかるのだ
ひらひらは停止
硬直したまま水槽の底に沈んでしまう
だが新たな空間が
自分の上に生じたのを
生甲斐でも生じたと思い直すのか
ひらひらが蘇って上昇運動を始める
水槽のちっぽけな空間は有限なのに
その反復運動だけは無限に思われた
故郷のアマゾンも、狭い水槽の中も
彼にとっては死ぬに値しないのだ
詩集 「空のある東京」 獏出版
久美さんの脚 渦巻二三五
二本の脚は胴につながっています
不潔
と言って男子の机に触れようとしない久美さんも
二本の脚がちゃんと胴につながっています
白い足首をつかみ
柔軟体操をしています
久美さんは高校生になりました
教室は女の子ばかりです
不潔でなくてよかったね
とわたくしが言うと
両手の指の何本かを不思議に組み合わせて
ここ握ってみて
と差し出しました
その指の束をおそるおそるつかむと
これくらいの太さなんですって
と言って久美さんがにやりと笑ったので
わたくしはぎょっとして手を離しました
美しい少女だった久美さんは
当然のように
美しい女になりました
振り返る人たちは
白いひかがみを見るでしょう
その先は一つ
胴につながっているのです
久美さんが結婚しました
中学校で同じ教室にいた
秀才君と夫婦になりました
教室の机のことは
忘れてしまったのでしょう
これくらいの太さ?
あの汚らしい机
わたくしにも脚があります
お出かけのときはストッキングで覆います
つま先とかかと
それから脚のかたちに引き上げるのです
二本の脚の根本がどうなっているのか
わたくしは知りません
たぶん久美さんも
知らないでしょう
わたくしたちはこっそりお人形のスカートをめくりました
お布団のなかに手を入れてはいけません
と寮監先生がおっしゃったのは
二本の脚の根本を
確かめてはいけないからです
初出 @ニフティ 現代詩フォーラム
作者サイト http://homepage3.nifty.com/ginryu/index.html →
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