選者 カワグチタケシ http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/5466/ →
若いフィリィの死に 魚返洋平
フィリィ 君はきょう青春に殺された
押し寄せる鼻水の洪水の中で
耳のように丸くなって
派手に血にまみれたね
いや単にトマトケチャップだったのか
それはどちらもほんとうだけれど
七月の陽炎の下
君は感情と交尾していたっけ
誇らかで、勇敢な
フィリィ 君はきょう青春に殺された
宵に花火を見に行く約束をしていたっけ
だがそれもできなくなってしまった
自転車はもう粉々だ
ごらん窓の外
バターのようになった哀しみが
夜の台地から零れ落ち
われらが住宅地を満たしていく
フィリィ 君はゆうべ青春に殺された
それは当然の成り行きだったのかもしれない
無知を装う
妹と姉と母の影を見た
あれは誰だったのだろう?
誇らかで、若い
フィリィ そして君の影は何処へ行ったのか
眠る君のシーツで三部ファイルを作り
その死についての覚え書きをつけよう
フィリィ 君はゆうべ青春に殺された
わたしはいま、名前を付けて保存する
ごらん窓の外
あの肌のような白さで
残酷きわまる幸福は降り積もっている
川べりでは切ない水草が
それでもしんと眠ったふり
誇らかで、勇敢で、
どこにでもいる
若いフィリィのために
Modi 山本つやこ
Modiの「悲しむ女」の声を聞いて
私は窓から飛んだ
空に落ちることのできない悲惨は、
こっけいだ
鼻をへし折り
じゃりを口に含んで
夢見る花園に
青い目の女は瞳を取り戻しているだろうか
男が満ちると女は愛を過信する
はねおい 小夜
ニノは旅に出た
そこは、なにもかもがねじくれていた
そびえる塀は上へ向かうほど弧を描き
そのせいで空はほとんど見えなかった
が、あたりは暗くはなく
かといって明るくもなく
あかりのつかない街灯が
時折揺れてしゃらしゃらと鳴った
風があるのだった
ニノは乾いた舌でいっそう乾いた唇を舐めると
どんどん奥へと進んでいった
ニノ、わたしは君に会わぬままで
こうして生まれて死んでいく
新しい名を授けられることもなく
手の届かないものに
手の届かないままで
見知らぬ思い出を織り上げては捨てていく
ニノ、君の足先はまだ
確かに冷たいだろうか
土を削るような五本の指は
しなだれてはいないだろうか
触れるものをきちんと傷つけているだろうか
ひとつひとつ、怠ることなく
ニノ、昆虫採集をしよう
この街でも新しい虫がたくさん生まれたよ
君が嬉しそうに刺したピンを
わたしが抜こう たしかに
指先に神経を注いでその感触を忘れないように
刺す時と抜く時ではどちらが痛いだろうか
どちらがかなしいだろうか
ニノ、虫の羽は薄い
薄いけれどもひかりにすかせば模様が浮かぶ
そうやって街は少しだけ隙間を手に入れる
朝が来ない
夜明けがない
ただわたしは聞いているんだ、だれかの呼吸の音を
風が生まれる場所で風のおわりを看取るため
ニノ、採集をしよう
ピンに貫かれた最期のひといきを
君が次の羽を探しにいくとき
わたしはとどまって はねのけられたひかりを集めよう
そうやってニノ、わたしは耳を澄まそう
たぶんこれからも出会うことは無いのだから
ニノは向かっていった
夜の無いくにへと
夜の無いくにのしらじらしい朝へと
ほそいほそいピンにわずかなひかりを集めて
どんどん奥へと進んでいった
いった
胸を張ってニノ、その先で待つのはただただうつくしい崖
君に羽が無いのならわたしがピンで刺しに行くよ
作者サイト http://members.at.infoseek.co.jp/fukidamarist/ →
あるラブ・ストーリー 渡辺めぐみ
ヤンが「寒い」と言ったので
「ロブスターを食べすぎたからよ」とデイジーは言った。
「ダスト・シュートに顔をつっこんでほこりのにおい
をかいでみなさいな。すぐに治るから。」
ヤンはうつむいたまま、デイジーの提案を右目で受け取
り、左目からそっと床の上へ落とした。
それをてんとう虫が拾い上げ、せっせとくず箱へ運んで
行った。
幾ヶ月か経ち、マンションのすぐ近くの原子炉で放射能
洩れが始まった日、二人は婚姻届を出しに行った。
ヤンは時々「風邪ひいてるから」と申し訳なさそうに言
い、うがい薬と湿布用具の入った袋を子供を抱きしめ
るように胸に引き寄せた。
そんな時デイジーは思う。
輸血用の血液びんを一本盗み出し、お湯でうめてヤンの
頭を洗ってあげよう。辛すぎないマスタードで髪型を
整え、二人の寿命の縮まるキスをしたい。
ヤンはいつのまにか眠り込む。それを見て、デイジーは
不敵な笑みを浮かべ、マスカラの落ちかけた目をこす
る。
詩集 「ベイ・アン」 土曜美術社出版販売 http://www5.vc-net.ne.jp/~doyobi/ →
ガーデン 左鳥話子
君が僕の心を読むのは知ってるよ。
だからそんなに冷たく笑うんだろ。
どこにいても落ち着きのない旅人。
僕が地下鉄に乗かってぐるぐる回っている時、
君はどこか遠い国で靴をぼろぼろにしていたんだ。
ゆっくりと落ちていく白い羽を、
額に貼りつくまで眺めたりした寒い午後、
君の接吻かと錯覚したものさ。
僕達が暗がりで愛し合っても、
お互い宇宙の闇を彷徨っているだけだと思い知る。
だから君はうんざりするほど陽の射した、
中庭を突っ切って歩いて行くといい。
僕は厚いカーテンを閉めきって、
ひんやりとした床に寝そべって君を想う。
純粋な君が真実を本物と思い込み捜し回る姿を見ると、
涙が枯れるまで泣いてもまだ足りないのさ。
君にお守りにとあげたガラスのペンダントは、
いつかその肌の上で暖まるのだろうか。
そうしたら、閉じ込められたクローバーの花は、
溶け出して枯れてしまうんじゃないか。
浸み込む緑の庭に立ち、舞い散る羽を眺めてる。
君の美しいぼろぼろの羽。
月が凍った銀になっても僕の庭の芝は青くて、
空に浮かぶ魔法のじゅうたんみたいなんだ。
どこへでも飛んで行き、どこにでもある。
君は僕の庭を歩き回り、そのまま外へふらりと出かける。
君がどこか旅先で死んだら、この庭に埋めてあげよう。
噴水の水が風で霧みたいに振りかかる場所にしよう。
深く深くどこまでも深く掘って、
僕もいっしょに入るのさ。
ブックスで取り扱っております。 →
Flowers (inspired by the Aztec ceremony called "Flowers Are Offered") Sharon Mesmer
The moon shines in three places when I first offer him flowers. The
moon and the evening star in a periwinkle sky like a sea of blue
flowers.
A mirror stands on a table when I first offer him flowers, and people
are arranging their hair in that mirror, arranging flowers. When I
first offer him flowers my fingers are straight and brought together so
the tips touch as in talk or song, in a dead language that means
"flowers are offered." My language is also dead, so I must instead
offer flowers. I offer flowers and I sow flowers. I am the caretaker
of flowers. I pick flowers and search out flowers to bring to him in
the temperate dining hall of the forest. I string garlands of blue
flowers like torches to light his way across the water. He is protected
by a viper, so upon the water I cast a necklace of flowers, a hat, a
brooch, a shield of blue flowers. I construe a perfume of threaded and
stewed flowers, and I clothe myself in flowers. Thus flowers are
seduction, discourse, a lengthy abandon. Once hard and salty, he is now
made completely of flowers, and when he speaks flowers fall from the
must of his mouth, and from between his teeth, for he has eaten the
flowers I have offered, and has forgotten he has ever been human. I
will ruin him with these flowers.
I dreamed of him long ago. And now I offer him flowers.
フラワーズ(アステカの儀式より) シャロン・メズマー
彼に最初の花を贈るその時、世界中の三ケ所で月が
輝く。月と宵の明星は波打つ青い花畑のような桔梗色の
空に。
彼に最初の花を贈るその時、テーブルには一枚の鏡。その
鏡で髪を結う人、花で髪を飾る人。彼に最初の花を贈る
その時、私の指はまっすぐに伸び、ささやくように歌うように
その指先が触れる言葉「花贈り」、死んだ言葉。私の言葉も
死んでしまった。だからそのかわり、花を贈らなくては
なりません。私は花を贈る。そして花びらをまく。私は花の
番人。花を摘み、花を選ぶ。森の中あたたかな食堂にいる彼に
贈る花を。私が編む青い花のレイは、彼が水を渡る時、その
道を照らす灯かり。蛇が彼の守護神。だから私はその水に
投げ込む。花の首飾りを、帽子とブローチを、青い花を紡いだ
楯を。花を煮詰めた香水のその調合を想い、そして花を身に
まとう。花とは、そう、誘惑、教え、それは緩んだ奔放なのだ。
かつては気難しく海の香りがしていた男も、今ではすべて
花でおおわれて。彼が口にする言葉は花となり、口唇から
歯と歯のあいだからこぼれ落ちる。私が贈った花を食べて
しまったから。自分が人間だということを忘れてしまったから。
その花で私は、彼を葬りましょう。
ずっと昔、彼の夢を見た。そして今、彼に花を贈るのは私。
(訳:カワグチタケシ)
ブックスでも取り扱っております。 →
戦闘員 No. 04239 成島亜樹
1
小さなわたしは巨大なバスの下にもぐって
難民達と一緒に軍靴の行進する音を聞く
それは黒い虫達の羽音のように
バスのまわりを取り囲み
ずるずると僅かずつ回転しながら
輪を縮めては焦らすように広げる
ハシブトガラスのような弾をつんだ爆撃機を
「それら」は待っているのだと
なぜかわたしは隣に伏している男性から聞く
爆撃機は光の点滅する画面をながめ
いちぶの狂いもなく狙いを定め
「それ」を投下し
われわれを木っ端微塵にするのだと
真夜中に目覚めた洞窟のような場所
邪教の香のたちこめる
蒸せるようなおぞましい臭気
かべには水が染み出し
何か不吉なものが這ったようなしるしを
幾つも幾つもつらねて描いた
「それら」は素早く、音もなく洞窟の隅からやってくると
祭壇のうえにいたわたしの足首をつかみ
「それら」の中に引きずり込もうとした
わたしの身体は勢いづいて浮き上がり
崖から躍り出した
まるで直下型のジェットコースターのような
有無を言わさぬ力がわたしをくるみ、支配した
瞬間、現実のわたしが目を覚まし
すべてはとりあえず夢だということを知った
しかしそのわたしもベッドのなかで身体を抱え震え続けた
時間は冷たく重くのしかかり
朝日が昇り
小鳥たちが鳴きはじめ
新聞配達のバイク音が路地に響くまで眠れなかった
今はわかる
「それら」はかつて人間だった
すでに人間ではないものの
影なのだということを
この世界には
わたしの想像力でかき集めた
あらゆる穢いことや陰惨なことの総合を
遥かに超えた
しかもそれらの事柄が何よりも「正しい」
「それら」の世界があるという
そしてわたしたちも
「それら」の種を自らのうちに孕んでいる
狂信と憎悪を煽り
痙攣する白い腕を嘲笑い
赤黒い歯を剥き出し
精神の糸を引く者達
わたしたちは知ることができない
/知ることができる
止めることができない
/止めることができる
2
わたしの戦争
きみの戦争
わたしたちの戦争
彼らの戦争
戦闘 戦場 戦災
虐殺でしかないものを覆う勇姿
わたしは人を殺すだろう
きみは人を殺すだろう
わたしたちは人を殺すだろう
彼らは人を殺すだろう
それは無名の
しかし母のかいなに抱かれて育った
ひとつの顔をもったひとりの個人だ
わたしでありきみであり
わたしたちであり彼らだ
わたしたちは
内部に戦争を孕んでいる
それをワクチンに
抗体にすることは
できないのだろうか?
抗生物質は効かない!
そのころにはすでにすべてが手遅れだ
戦争の話をしよう
わたしの死んでいった友人のことを
わたしの死体のことを
戦争の話をしよう
作者サイト http://app.memorize.ne.jp/diary/26/16252/ →
ようこそ 新井悠ノ介
ようこそ来てくれた俺はもうひとりではなくきみと深海に泳ぎだす
澄みきった夜明けのキャンバスにぼくときみの大好きなカラーを刷りこもう
冬を越え春に滑りこむ三月の水 ウォームアップされた水につかり続ける体温の記憶
風に絡まれて芝生の上に立ちいまにも手が届きそうな未来に彗星を走らす
このあいだぼくら自転車に乗って路上を眺めながらだれも気づかない地元の人しか知らないような路地裏にはいりこんで
そこで小さく花ひらく甘い匂いに気づいたんだ ああ こんなきもちうまくいえないな
なんて思って走り出していった さらにもう一周回っていつもの商店街からまだまだ知らない路地裏を探しに
東から西から風がさわるんだ
もうすぐ夏がやってくる夏がやってくる
朝焼けを感じて摘み取る果実
さて明日はどこへ向かおう?
ようこそ来てくれた この最果ての緑 星ひかりたちがすきま風泳いで
木漏れ日があたる山道を土の感触を確かめて進んだ
夕立のシャワー 流れる汗がすべて洗い流してくれた
からだが踊り出し新緑の香りに酔いしれてまるでぼくら生まれたばかりのよう
ようこそ来てくれた俺はもうひとりではなくきみと深海に沈みこむ
それから晴れ渡る夜空のキャンバスの月明かりたよりにぼくらも踊ろう
ほら! いま! 流れ星ひとつ 駆け抜けていったのが見えただろ
作者サイト http://members.tripod.co.jp/hana456/ →
君だよ君 藤田文吾
君が居た頃はとても幸せだった
みんな幸せそうだった
君は夏の夜にはうちの網戸にへばりついていたっけ
雨が降った後なんか
みんなをいやらしい気分にさせたりなんかして
みんな君のことを嫌いなふりをして
石ころをあたらないように投げてたよ
君はガリガリだったね−
田んぼで、おたまじゃくしの血を吸っては
うっとりしてたっけ
突然居なくなってはもどってきて
水銀色の細い体でせまられた時は
とまどうばかりだった
水そうの端っこで忘れ去られて
腹立ちまぎれに
ものすごくくさい臭を出して
死んでたこともあったっけ
君が山道でうずくまって泣いている時は
話しかけてはいけないんだったよね
ちょっと
聞いてるのかい
君だよ君
ふとんのしわで顔をつくってる君
タンスの木目にかくれている君
そこに居るのはわかってるよ
君はテレビを消した後
キーンて鳴くんだよね
風呂で頭を洗っている時
そっとぼくに近づいておどかすんだ
冬、みんなが寝ていると
天井裏をミシミシパキパキ歩いてたね
みんなは君を恐がっていた
けど
どこかで君に恋していた
君が居なくなってみんながおかしくなってる
何かとてつもない物を失くしているのに
何を失くしてしまったのか・・・・
君と僕らは直接関わってないけど
きっとどこかで無関係じゃないんだ
ちょっと
聞いてるのかい
君だよ君
そこの君
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