選者  樋口えみこ http://village.infoweb.ne.jp/~penteka/
 
 
 

 
 
 
駅で別れる
    布村浩一
 
 
 
 
男と女になるべきか
分からずに
迷いつづけて
武蔵野台の駅まで一緒に歩いた
肩と腕がときどき触れた
ぼくの心はラセンを巻きながら
きみの別れのあいさつを
みつめている
 
乗換え駅の
分倍河原(ぶばいがわら)、人が波のようにつづいている
沿線の火事
電車が止まっているらしい
駅の、木のベンチに腰を深くかけてタバコを一本吸った
人たちは待ちつづけている
人たちは集まりつづける
のど飴をポケットから出し
ホームの外の黒く光る街をながめながら
口に入れる
ぼくは迷いつづけたことを
考えつづけている
 
八時に明日は仕事だからといった
八時半にきみの部屋を出た
坂道を駅まで送ってもらいながら
ぼくは自分の明日のことを必死に考えつづけた
 
電車はまだ動かない
沿線の火はまだ燃えているんだろうか
のど飴もタバコもなくなった

 
 
 
初出  「ADAMSITE」11号  
作者HP  http://www.haizara.net/~kirita/nunomura/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  水溜まり   川田エリ
 
 
 
水すましが泳ぐ水溜まりに
黒い雨靴の男がつっかえている
「どうも足が水溜まりに吸い付いて
 抜けないのだよ」
男は困り果てた顔で、道行く人に訴えている
と、遠くから長い髪を櫛も梳かさず
伸びるにまかせた少女が跳ねてくる
少女はなにやら嬉しくてたまらないのだ
泥のひとつもはねていない真新しい長靴
その長靴の動く様子をずっと見つめたまま
向かってくる
 
今しも月夜が悪事を企むその時
水すましが一匹
少女の雨靴に飛び込んだ
そのつるつるした面で長い手足を泳がせた
 
さっきの男はもう見えない
 
そこにできた新しい水溜りの上を
少女を探してママが飛び越えて行く
 
長い髪が作る波形の水溜まりは
月をよく映す美しさで
ひとを思わずのぞきこませる

 
 
 
個人詩誌  「A.Ma 32」 
 
 
 


 
 
 
 
 

  歌集「銀耳」より   魚村晋太郎
 
 
 
もう二日メールが来ない青鷺をはじめてみたと言つたひとから
 
 
残酷な包みをあけた日があつた 花水木、風に白をかかげて
 
 
忘れてゐたが薄紙で封印をしたことがあるひとの怒りに
 
 
遠い嫉妬がわたしのものになる雪の匂ひと思ふ肩を抱きつつ
 
 
どれがわたしの欲望なのか傘立てに並ぶビニールの傘の白い柄
 
 
率直に言つて今夜は軟弱だ 鉢の胡瓜の断面の種
 
 
去年とは月の模様が違ふ、とか あまい誤謬を信じたくなる
 
 
午前二時プール塗りをへ九人が置き去りにする塗り立てプール
 
 
ありさうにないいきほひで愛人のお尻は濡れた銀河を吐いた
 
 
昏睡のひとの意識にはりついてひらいたままの木蓮の白
 
 
別れたひとは木の匂ひ 瀬田橋で手にかけたときは気づかなかつた
 
 
失意にも北限はあり雨中を荷主不明の百合の貨車着く
 
 
言葉枯れさうな予感に深鍋で牛の尻尾(テール)を煮沸してゐる
 
 
事実つてよく曲がるよね スプーンでプリンをすくふ新涼のカフェ
 
 
春夕べ皿を洗へば失するほどの嫌悪あり洗はずにおく皿
 
 
いひかたが昨夜(ゆうべ)と違ふクロワサンかじつてゐる間に月が沈んだ
 
 
背を向けるといふのではなく昼深き水槽の魚忘れるやうに
 
 
宇宙飛行士大方老いて月面に張りついたまま巡る足跡
 
 
地球探査衛星はもう来ないのか花八手総立ちの祖母の家
 
 
春宵は鏡 知らないひとと抱き合ふとわたしの細部が映る
 
 
ひとり手羽肉煮詰めゐる夜半ふと羅甸語のわかる番犬が飼ひたし
 
 
春の海としか思へない束の間を狂つたやうに健康なひと
 
 
生きてゐるLEGO死んだLEGO抱きあつてゐるのをはづす。雲が低いわ
 
 
行間の蒼い微笑と思つたが触れればただのをんなのひとだ
 
 
口のなかまで空が来た 寒いつてさむいつて言へおれのかはりに

 
 
 
歌集  「銀耳」  砂子屋書房 http://www2.ocn.ne.jp/~sunagoya/ 
関連サイト  http://www2.odn.ne.jp/uoshin/ 
 
 


 
 
 
 
 

  新しい日々'04   須永紀子
 
 
 
その朝
何かがカチリと鳴って
耳がひらかれた
カタバミの種がはじける音
ハチドリの羽音
そして
ひとつの声にとらえられてしまう
はじける音とふるえる音
どこか特別なところのある
男の声を聞いた瞬間から
耳のよろこびがすべてになった
 
陽ざしの下で熱くなる皮膚
皮膚の下で細胞がざわめき
喉がむずがゆくなる
土にしみこむ水、エノコログサ、鉄棒をにぎる指、
乾いた汗、夕立のあとの埃の匂い
それらを立ち上げるちから
 
夜明けのヒバリのように
絶えず音声を発している男の
現れそうな場所へ入っていく
電気店、ビデオ・ショップ、大型書店
品物をさがすふりをするのはむずかしいが
わたしは地味な色の服を着て
うわの空で歩くことができる
 
皮膚の下で肉は溶け始めていて
ひらききった耳の奥から
腐ったイチジクのように
どろどろと紫色にとめどなく
流れていくのを感じているというのに
それでもまだ男の声を聞き
真っ直ぐで過剰な生命力に触れて
よくないことを考えたいと思う
 
その声が降るようにやってきて
深奥にとどいたら
ふるえる身体のなかで
カタバミがいっせいに爆ぜ
ハチドリは飛行する
それからカチリという音がして
終わるのではなく
何かが変わると信じることができる
朝が
くる

 
 
 
詩誌  「雨期」42号 http://homepage2.nifty.com/poem_uki/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  神さま   村野美優
 
 
 
あなたとは 三月の恋人          "三月"に「みつき」とルビ/編者注
それから 半年の文通
そのあと 半年の音信不通
やがて 住所だけを記した
素っ気ない手紙が一通
それを持って
わたしはあなたに会いに行った
 
別人のように太って
チーズの匂いがするあなたは
(もう会えない)という仕草をした
「好きな人ができたの?」
あなたは曖昧に首を振った
 
一年前
二人で教会に行ったとき
あなたは列のお終いにつき
神さまのパンをもらった
わたしは一番後ろの席に
ポツンと座ってそれを見ていた
 
 キミハ、カミサマヲシンジナイ
 神さまなんてわからない・・・
 
別れてからは飲み歩いてばかりいた
あなたが(たぶん)賛美歌をうたう日曜日の朝
わたしはカラオケで歌謡曲をうたっていた
二人で聴いたフォーレのレクイエムなど
神さまなんてわからない
わたしにわかろうはずもなかった
 
そうして時が経ち
どこへも行くところがなくなったある日
フラリと街の真ん中にある
教会の扉を押した
 
だれもいない
擂り鉢状の最後列に
ポツンと座って
 
切れたトカゲの尻尾のように
声をころして泣いた

 
 
 
ガリ版詩誌  「HAND ISLAND」No.5
 
 
 


 
 
 
 
 

  蛞蝓   長尾高弘
 
 
 
蛞蝓のように地面を這って
歩く練習をしていたら
体が充血して熱くなってきた
丁度向うから女が
這ってきたので交接した
女は子供を産んだ
子供はごむ製だった
口から息を吹きこむと
だんだん大きくなった
もっともっと大きくしようと
ふくらませたら
パァーンと花火のように
破裂した
女と大笑いして別れた
さらに這ってゆくと日が暮れて
怠惰になった
骨まで解体してぐったりと寝た
やがて星よりもよく光る
白骨になった

 
 
 
詩集  「長い夢」  昧爽社 http://www.kt.rim.or.jp/~shimirin/maiso.html#mai 
関連HP  http://www.longtail.co.jp/ 
 
 


 
 
 
 
 

  ある日   水野るり子
 
 
 
影通りにある家で
午後おそく
ミルクティーを飲んでいたら
 
影猫が一匹やってきて
夕日の傘をつぼめながら
わたしにささやいた
「ねえ 台所が火事ですよ…」
 
それから 彼は
きなくさいしっぽをたたみ…
ゆっくりと熱いお茶をたのしんだ
わたしの台所が燃えつきるまで

 
 
 
CD詩集  「うさぎじるしの夜」 http://www.cyber-poetry.jp/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  ナマコと私の娘   烏耶未代乃
 
 
 
インターホンが鳴り玄関を出たら
20キロ離れた海から歩いてきたナマコに
愛を告白された
ナマコの足で歩いてきたかと私はほろっときてしまい
ナマコの愛を受け入れた
 
 
 
私に似た娘が生まれたら
ナマコ社会で美人になれるだろうかと
幾分訝ってはみるけれど
まだ見ぬ娘よ
願わくばナマコの父に似て
のんべんたらりと生きてくれ
 
 
 
ナマコのぷよぷよした肌に尻を埋めながら
私はうっとり目を閉じた

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  スタバで   三沢宏行
 
 
 
俺があんましゃべらんのは
それは俺が悪いことで
頼むからお前が
落ち込まんといてや
 
おもろい話は
いつも
つくり話で
少しの嘘も
つきたくないから
おもろい話ができひん
 
二人でパンにはさむやつ
食べたな
 
腹へってたし急いで
無言で
食べてしまった
 
色んなもんはさんで
色んな味がして
うまかった
 
今日は眠かったから
俺と
お前との間にはさむやつ
なかなか
出てこんかった
 
味気なくてごめん
眠いと集中できひん
 
俺らの周り
みんな
うまくいくといいな
 
でも
今日は
ごめんやで

 
 
 
京都学生詩集  「京都・学生・P(仮)」  
 
 
 


 
 
 
 
 



 
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