選者 群青 http://www.verse-verge.net/gunjyou/ →
ベアトリーチェ ユリイカ
詩なんてやめちまえ。いや、いや。もう一度言う。我々の時代・文明はボウリング球のように侘しく黒い。昨日もおれは目玉を抉り出すように携帯電話を弄くった。「ぼくはまるっきり寂しいのです、ベアトリーチェ!」みたいなメールを作成して。送信。いかほどの(他者への)愛と(未来への)希望を詩に装填することが出来るだろう。階下では年老いた母が床についている。痩せこけ眼光ばかりがギラギラした母を死へと規定づける存在とは何で、階段を下れば果たして何も無い。ははは。いつだって階下だ、手遅れであるのは。
詩なんてやめちまえ。詩なんて、や・め・ち・ま・え・! おれは幾度となく母を殺し、今日こそ詩に専心。ベアトリーチェ、覚えておけ、時代や文明は堆肥だ! 詩を肥やす堆肥だ!おれたちが
語るべき言葉は
何処にいっただろう
おれたちは
何を喪って詩人たちは
ベアトリーチェ
こぞっておまえのために詩をかいたよな
携帯電話だって
そのための発明 さ
立派な詩なんだ ある意味では(メールは尚更 だ)
だが おれたちの遥か背後
断崖だか滝壷だかに呑み込まれていく一千億人の悲鳴
ベアトリーチェ
携帯電話の電波は
かれらの叫びを遮断しつづけ る
聞こえないだろう?
21世紀だしな もうそれにしても ベアトリーチェ
おまえは電話の向こうにいるか?ベアトリーチェは電話の向こうにいるのだろうか。おれはいったい、何を期待しているのだろう。こんな時代にあって、誰が未来の子どもたちを育むというのか! 我々は恐怖している。とうに恐怖を忘れてしまった。何も無い。
過去の歴史の象徴である母親は腐ってゾンビになりながらもパソコンにしがみついて離れようとしない。インターネットで出会い系サイトにはまっているのだ。ハンドルネームは[マリア]、年は21、人類への愛と現実への希望に溢れたかわいい女の子です。詩とか、かいてます。詩とか、かいてるんです。この部屋には窓が無い。真夏、八月の光が射したところで、関係ない。おれは母親、行方不明の詩、寂しさまるごと、何もかもそっちのけで夢をみる。窓の無い部屋で。ポンティアックのリアシート。遠赤外線ヒーターが熱い、口が渇く、何故だかとても悲しくなる! National Automobile Dealer’s Association〔全米自動車販売店連合〕め! いったいおれをどうする気だ! きゃつらはいつだってN.A.D.Aと書かれた看板でもってnada〔無〕, nada〔無〕 とおれを追い立てる(これは何の寓意だろう、何の欲望だ?)。
メールは来ない。ギュスターヴ ギュスターヴ ギュスターヴ
と耳障りな音をたてて
おれたちは錆びていく
人間は希望を燃やして酸化していく機関であり
必定 あとに残るのは寂しさだけだ
(おれたちが喪ったのは2+2=4)
遺体を窓から投げ棄てるような言葉を使って
おれは詩をかくから
ベアトリーチェ
別におまえがいなくたって ちっとも
構わなかったんだベア
ト
リーチェ
おまえの名前は何だったか
電源が
切れそうだ
よ夜も深まり。が、厳密な意味で、暁は来ない。暁は来ないだろう。寝返りをうつと、新着メールを受信。「『件名:現代人限定、理想の人に出会えます! ※未承諾広告』『本文:ぼくらは何も信じるべきではないし、きっと生きる必要さえありません。あなたを先導します巡礼者よインターネットにはかわいい子がたくさんいますよ彷徨える魂や亡霊や自殺者や高慢者や盲目者や黒い悪魔や。http://www.vergilius.com ※受信拒否する場合はこのメールにそのまま返信してください』」
ベアトリーチェ、ベアトリーチェ、ベアトリーチェ、ベアトリーチェ、ベアトリーチェ、おれは電話の向こうに、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、呼びかける。詩なんてやめちまえ
ベアトリーチェ あいしてる!
おまえのいのちは永遠だから
おれのかわりに生きておくれね
携帯電話なんて捨ててしまえ!(おれの苦しみは ほんとうではないと
おまえは言うのかい?)
(おまえだって ほんとういうと ほんとうではない)
(なぜ何も なぜ何も なぜ何も
答えて くれないの?)東京にだって
雪が
降るよいかほどの愛と希望を詩はうたえるか、ではない。たとい詩が全てを失っても、詩に雪は降り積もる、そうじゃない、全てを失うことが詩なのだ、ちがう、雪そのものが詩なのだ。
わたしはさむしい人間です。わたしはちっともさむしくありません(おれたちが得たものはせいぜい、2+2≒4)。雪が降る。雪が降る。やあ、今日も死ににゆくのですか?
わたしたち。わたしたち。神がいない。わたしたちすら、いない。万歳(いつまでも、死んでも生きて栄えたいものだ)!ベアトリーチェ
母の死を悼んでくれ
詩とか を
かいて携帯電話は
空間を越える さ
だが それだけ だ
でも
いずれ未来の携帯電話
時間さえも越えるだろう
そうしておれは 死んだあとも ベアトリーチェ
行間から
おまえの名前を呼びつづける
いつまでも生きて
とこしえに
生きてベアトリーチェ!
つめたい せかい 中村トクシ
かれた あかつち に
ぽつり ぽつりん と
ひとしずく ふたしずく
あめ だとは
はずかしくて いえそうにない
この
つめたい せかい
この
わたくし でも いいのですかきれた くちびる に
きりり きりりん と
ひといたみ ふたいたみ
また しみる
しみわたって しるしかけなの
この
つめたい せかい
この
わたくし でも いいのですか
作者サイト http://www.c-able.ne.jp/~nirvana9/ →
チラガーをかぶった男 森 康彰
腕時計をはずしたときに気づいた
手首に有刺鉄線の入れ墨が入っていた
ああ、これで働かなくてすむのだと
久米島の久米仙を一升
一晩かけて、次の日の昼までかけて飲んだ
もちろん、仕事は辞めた
日に日に伸びてゆく有刺鉄線の入れ墨を眺めながら
夾竹桃の花のようにいやらしい女となかおを眺めた後
愛しあったりもした
有刺鉄線が身体を覆う面積が増えていくのに比例して
役場から支給される金額は上がっていった
だが、入れ墨が顔までに及び、頭の先まで覆い尽くしたときには
女は別れも告げず消滅し
役場から支給されたのはチラガーだった
なるほど、手首に入れ墨を発見したときから言えば
50年以上もたっていたのか
私はチラガーをかぶると
マングローブを目指し役場をあとにした
作者サイト http://yapeus.com/users/desire8/ →
黒猫のうた 汚れた絆
誰かに休み時間
描きなぐられた
途中で先生が入ってきたから
右の頬の毛が1本足りないけれど
先生よりも後ろで教室を眺めるのは
気持ちいい
ちゃんと勉強してる人とか
隣とおしゃべりしてるのとか
僕を描いた奴は漫画なんか読んでいて
先生は気付いてないから
ちょっと叱ってやろう
って思ったけど
口が書き忘れられてたから
やめたやめた
先生は生物の授業をしている
その話しによると
「いきもの」には「しんぞう」ってもんがあるらしい
僕にもあるのかな
って思ったけど
顔までしか描かれてなかったから
やめたやめた
ふいに黒板消しが耳をかすめた
なんにも聞こえなくなって
さびしい
僕を描いた奴はまだ漫画を読んでいて
気付いてないから
泣きたい
って思ったけど
涙で目も消えてしまうのが嫌だから
やめたやめた
授業が終って日直が全て消した
僕は観念してしまったけど
よくよく見たら
黒板消しの表面で
廊下を旅してる
これから「くりぃなぁ」って言う
化け物に食われるのか
って思ったけど
怖くなったから
やめたやめた
僕は黒板消しの上で
公式とかリン酸とか光合成細菌とか
文字と一緒に重なって
友達になって
だから
もう少し生きたい
って思った
作者サイト http://black_k_night.tripod.co.jp/ →
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