償い   岡田すみれこ
 
 
もう帰るところはありません
と言われたから
森の中に見つけた木のテーブルに
カバンの中身を全部あけて
そばに自転車を置いて
古びた木の椅子に腰を下ろす
そんな夢を見た
 
森は風が吹いているみたいだ
でもわたしには
帰る所がない
誰に言われたのかわからない
年老いた母親や
順調に事業をしている兄の顔を
思い出している
わたしはまたとんでもないことをして
家族に疎まれてしまったのだろうか
三十年も前に家出した時のように
自我ばかりを主張して
そしてやっぱり男が好きで
だから男もわたしが好きで
 
このテーブルと椅子は
確かにわたしに用意されたものらしい
乗り慣れた錆びた自転車が
忠実なロバのように自分を見守っている
カバンの中身は
本やノートや手帳や鍵だったはずなのに
不思議とテーブルの上には
冷めたコーヒーや不味そうな食事が
並んでいる
こんなものいらない
     でも わたしには……
 
顔を上げて遠くを見ようと思う
けれどよく見えない
誰もいないし
感じるのは風にそよぐ木の葉と
白く明るい陽の光だけ
 
許しを待ちながら
ぼんやりしている
おそるおそる孤独の手触りを確かめながら
何故ここへ来たのか考えようとして
消えたノートや手帳の記憶が
切実に胸に迫る
男が買ってくれた本や
無意味となった家の鍵は
もういらないとしても
わたしの言葉たち
どこへ行ってしまったのだろう
 
「もう帰るところはありません」
そうか コトバはワタシを棄てて
森へ彷徨い出て行ったのか
見上げると木の葉は
風と光で瞬時に表情を変える
ふいにわたしは
声さえも失われている気がして
慌てて立ち上がろうとするのに
茫然と座ったまま
それが罰なら受けるしかないのだと
夢の中だから思っている
意識は絶え間なく流れ出て行くので
わたしはいそいで
夢から醒めなければならない

 
 

 
 


 

 

 

 
もう帰るところはありません
 
●著者 岡田すみれこ
●出版社 ポエトリージャパン
●ISBN 978-4-9901806-6-9
●価格 1,800 円(税込)
●サイズ 210×148mm
●116P
●2007年3月31日 発行
●在庫数 あと5冊
 
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●内容
ミッドナイトプレス、詩と思想、むさしの文学等に発表してきた主婦で詩人です。(岡田すみれこ)
 
詩誌にてデビューした著者の、初の作品集。「言葉が単に言葉としてあるのではなく、確実に書き手の肉体に結びついていました。」(松下育男氏・H氏賞詩人 寄稿より)
 

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